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羽生善治はなぜ「最強の棋士」であり続けるのか…その秘密が見えてきた

『超越の棋士 羽生善治との対話』を読む

なぜこの歳でも高勝率を維持できるのか

羽生善治氏は、プロ将棋の7大タイトルの全てに「永世」称号を持ち、現在、賞金額最高のタイトルである竜王を保持するトップ棋士だ。中学生でプロデビューした時から驚異的な勝率を長年記録している。大多数の将棋ファンは羽生氏が史上最強の棋士であることに同意するだろうし、筆者もそう思う。

また、単に最強の棋士であるというにとどまらず、我が国にあって、長年、「天才」、「頭のいい人」のアイコン的存在でもある。近年は、将棋にとどまらず、AI(人工知能)にも造詣が深く、AIの現在と将来について意見を求められる識者でもある。NHKの番組などで、羽生氏がAIについて解説する場面をご覧になった読者は少なくあるまい。

この羽生氏に対して、ノンフィクションライターの高川武将氏が足かけ7年以上の期間に合計9回に亘って行ったロング・インタビューが『超越の棋士 羽生善治との対話』という書籍としてまとめられた。少なくとも、「天才」・「勝負」・「将棋」の何れかに興味のある方は、是非読み込んでみるといい。

天才ならぬ我々の人生にも大いに参考になる言葉が見つかるはずだ。

あの羽生氏がどのような気持ちで将棋を指して高勝率を上げ続けて来たのか、これだけの実績を挙げてどのようなモチベーションを持っているのか、そして、彼はこれからも勝てるのか、といった諸々にどなたも興味を持つのではないか。

 

羽生氏は高川氏の質問に、時にあっさりと、時に曲線的に答える。そのやりとりだけでも面白いのだが、加えて、羽生氏を取り巻く重要人物たち(将棋の渡辺明棋王、久保利明九段、谷川浩司九段、島朗九段、森内俊之九段、プロ麻雀士の桜井章一氏)などにもインタビューして、「羽生善治氏の実像」を解き明かそうと試みている。

桜井氏以外の人々は、何れも現役のプロ棋士であり、多くの棋戦で羽生氏と直接戦う関係にある。普通は聞くことが出来ない話が、それぞれのインタビューには詰まっている。将棋ファンがプロの将棋をより面白く観る上で有益な情報が満載だ(例えば、谷川九段がかつて羽生氏にどのような感情を抱いていたか、渡辺九段がなぜ角換わりの将棋を多く指すか、等を知りたくないか?)

本書は、400ページに及ぶ大部の本だが、1ページの無駄もない。是非、手に取って読んでみて欲しい。

全てのテーマについて触れることが出来ないので、拙稿は以下の3つにポイントを絞る。

(1) 羽生氏はこれからも勝ち続けることができるのか?
(2) 空前の実績を達成した羽生氏の今後の「役割」は何なのか?
(3) 将棋ビジネスは羽生氏に十分応えているか?

の3点だ。

闘争心はいらない?

羽生善治竜王へのロング・インタビューが本になったと知った時、筆者が先ず思ったのは、「羽生さんにたっぷりインタビューできるなんて何と羨ましいことか」ということだった。

そして、「羨ましい」の反動もあって、「著者は、現役で勝負の最前線に立つ羽生氏に対して、どの程度本音に迫ることができているのか、見てやろう」という少し意地悪い気持ちで本書を読み始めた。

しかし、その意地悪は無駄だった。著者の高川氏は、羽生竜王における近年の最大の変化を「複数の若手棋士に苦戦するようになったこと」だと最も興味深い問題から話を逸らさずにインタビューのテーマを設定して、羽生氏に対して、40代の身体能力、対局に臨む心構え、曲線的な指し方をする理由、将棋ソフトによる研究とその影響、などを何度も質問している。

羽生氏は、「私は将棋を指す時に、闘争心は要らない、と思っていますね」と意外と思える答えを返したり、相手に手を渡すことの意味や、将棋では勝ちに行く時が危ないのだということについて説明したり、あるいは、将棋がAIの影響を受けて大きく変わりつつあることを認めつつも、現在の棋士世代はAIが将棋に与える影響にとって「実験台」のようなものだろうと、「なるほど、そうなのだろう!」という答えを連発する。

この問題に関する、一将棋ファンとしての筆者の仮説は次の通りだ。

羽生氏の近年の勝率の低下や複数の若手棋士に苦戦する理由として最も信憑性が高いのは、読みのスピードと正確性、加えて集中力とモチベーションの維持といった「将棋体力」とでも呼ぶべきものが、加齢によって緩やかに衰えていることなのではないか、ということだ。

記憶力の衰え、AIによる研究の普及といったことは多少の影響はあっても決定的な要因ではないのではないか。

高川氏からの問に対して、羽生氏自身は、加齢で記憶力が衰えることは認めつつも、「いや、読んでいくスピードはほとんど同じです」と40代に入った2010年のインタビューでは明確に否定的に答えている。

だが、スピードはいいとして、正確性はどうなのだろうか。終盤に勝ちが見えた時に手が震えるという現象は、万に一つだが正確でないかも知れないという怖れから生じるのではないだろうか。また、集中力は若い頃と同じように継続できるものなのだろうか。