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「彼は死をほのめかしていた」劇的逮捕された樋田容疑者、友人の告白

一体どこまで本気だったのか…

9月29日夜、「樋田容疑者逮捕」のニュース速報が全国を駆け巡った。大阪府警富田林署から逃走して48日。最後は山口県周南市内で万引きをした容疑で逮捕という、あっけない幕切れだった。大阪〜山口は直線距離にして360km。樋田容疑者は、どんなことを思い、どんな方法で、警察の目から逃れてきたのか。

逮捕直前、本誌記者は樋田容疑者が以前から信頼を寄せていたA氏に接触。その話から、逃走劇の一部始終が見えてきた。

樋田が頼る最重要人物

今から4ヵ月ほど前の今年5月25日、午後2時。A氏は親友である樋田淳也(30歳)と携帯で長電話をしていた。

「缶詰とかレトルト食品とか出てきたわ。ちょっと汚れたズボンもあるで。欲しいもんあるか?」

ガレージの掃除をしていたという樋田が、A氏に話す。その後も、他愛もない話が続いた。

こうした会話をするようになって、およそ1ヵ月が経っていた。彼らは4年来の不良仲間で、4月末に樋田が大阪刑務所から出所して以来、まめに連絡を取っていたのだ。

ふと、電話口の向こうから、別の男の声が聞こえてきた。
「樋田さんだね?」
「いいえ、山田です」

樋田が嘘をついた。一瞬の沈黙の後、樋田がA氏に向けてこう言った。
「ちょっと待っててな」

そのまま電話は切れた。その後、A氏が何度かけなおしても、電話がつながることはなかった。

樋田に何が起こったのか。A氏は後にそれを知ることになる。電話の向こうで樋田に声をかけていたのは、大阪府警の捜査員だった。樋田はバイクの窃盗容疑で、その日逮捕された。そしてその2ヵ月半後の8月12日、勾留されていた富田林署から脱走し、世間を恐怖に陥れた。

性犯罪を含む、多数の犯罪歴を持つ樋田を追うために、大阪府警による3000人体制での捜査が続けられた。

しかし、捜査は難航。府民から「もう捕まえられない」のではないかという不安の声もあがっていたが、9月29日夜に事態は急変。山口県周南市内で樋田は逮捕された。

逮捕までの48日間、樋田はどんな行動を取っていたのか。A氏へのインタビューからその一部始終が見えてきた。逃亡中の8月14日、兵庫県尼崎市内で樋田はA氏に宛ててメモを残していたのだ。内容は以下だ。

「もし今後も俺に関わりたいと思ってくれているんやったら、携帯の番号を書いて、(男性の)自転車に置いておいてほしい。いま、俺はこのまま死ぬか逃げ続けるか迷っています。敵にはこの手紙は見せないでください」

メモの宛先は、冒頭のA氏である。このメモは樋田の足跡を追うための数少ない手がかりとなった。樋田が逃亡してすぐに頼ったA氏は、逃走を続ける樋田の行方を探る上での最重要人物と目され、もう一度接触があると睨んだ府警からもマークされ続けた。

 

樋田の逮捕直前、これまで沈黙を守っていたA氏に、本誌は取材することができた。

A氏は、5月に樋田が確保されたその瞬間、樋田と電話で話していた。冒頭は、A氏が本誌に初めて証言した、樋田が確保されるまでの様子だ。当のA氏が明かす。

「8月14日の朝、淳也君が逃げたことを知りました。そして、その夜、あの『メモ』が僕の自転車に置いてあったんです」

だが、A氏がメモの存在を警察に明かしたのは、8月下旬になってからのことだった。なぜ、すぐに通報しなかったのか。A氏が話す。

「淳也君が脱走してすぐ、府警は『すぐに家を見せてくれ』と電話をかけてきた。僕にも生活があるのに、令状もなしにずかずかと家に踏み込んできた。そんな府警に対して、不信感や不満を抱いてしまったんです」

もとよりA氏は樋田との関係が深い。今年5月には、友人を交えて大阪市内のお好み焼き店も訪れている。仲間をかばおうとする意識が、A氏の警察への態度をより頑なにさせた。

「14日の夜、警察が家に来たとき、とっさにポケットにメモをしまった。メモはその後、シュレッダーにかけました。脱走後の淳也君とは連絡をとっていません」(A氏)

その後、樋田の行動は報道の通りだ。大阪府内で盗んだと見られる自転車を使って、山口まで逃走。途中、自転車で日本一周を目指す旅行客を装い、記念写真にも応じていたという。

逮捕後、樋田は「すべて黙秘します。署名も捺印もしません」と供述している。

親友のA氏に対して「死」を仄めかしながらも、逃走中は記念撮影にも笑顔で応じていてた樋田容疑者。一体どんなことを思いながら48日間も逃げ続けたのか。本人の口から語られる日を待ちたい。

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