総攻撃は回避されたかにみえるが…混迷続ける「シリア情勢のいま」

実は、緊迫度は高まっている
村上 和巳 プロフィール

泥沼の情勢は続く

しかし、シリア情勢は緊迫度が高まっている。

現在はシリア政府軍が国土の約60%を制している。ただし、ユーフラテス川東岸のトルコ、イラクとの国境に囲まれたシリア領の25%にあたる地域に「クルド民主軍」、残るトルコ国境に接する北西部のイドリブ県には安田氏を拘束している「フッラース・アル・ディーン」、「タハリール・アル・シャーム」、「自由シリア軍」など複数の反政府武装組織が混在して実効支配をしているのだ。

シリアのバッシャール・アサド大統領、イランのアリ・ハメネイ最高指導者、レバノンの武装組織ヒズボラのハッサン・ナスララ議長の3人が一堂に会したポスター。シリアの首都ダマスカスでは蜜月と言われるこの3人一緒のポスターをしばしば見かける。 (撮影:村上和巳、2005年)

この問題を複雑にしているのが各国の関与だ。シリア政府側には当初から友好国のイランが准国防軍ともいえる革命防衛隊を送り込み、政府軍とともに反政府武装勢力と闘っている。さらにシリアの隣国レバノンで一大勢力を誇り、やはりイランの支援を受けているイスラム教シーア派の武装組織「ヒズボラ」もシリア政府軍と行動を共にしている。

一連の内戦が始まって以降、シリア政府軍は化学兵器使用を強く疑わせる攻撃など、なりふり構わぬ軍事作戦を展開している。

 

比較的穏健な自由シリア軍などの反政府武装勢力に対しては、アラブ湾岸諸国やトルコ、欧米が軍民両面で支援し、クルド民主軍に対してはやはり欧米が支援しているものの、国内クルド人の民族自決運動を火種として抱えるトルコは、クルド民主軍の勢力拡大に否定的で、時折シリア領内のクルド民主軍支配地域への攻撃を行っている。

そして2015年にはロシアがシリア政府軍側に立って参戦し、現在シリア北西部のイドリブ県に拠点を置く反政府武装組織やISへの空爆を開始した。これによりシリア政府軍は、反政府武装勢力の支配地域を次々に奪還して今に至る。

クルド民主軍は、シリア領内では明確な非正規軍だが、もともとクルド人の自治権確保が目標と言われ、その戦闘のほとんどは対ISだった。シリア政府軍とは本格的に交戦していないばかりか、クルド民主軍に対するトルコの攻撃にはシリア政府軍と共同して作戦を展開する。

つまりシリア政府軍にとって目の上のたんこぶは、イドリブ県にいる反政府武装勢力であり、実際その包囲戦に取り掛かろうとしている。

ここで1つのカギを握るのがアメリカの動向だ。シリア内戦勃発以降、北朝鮮と並ぶ独裁色の強いアサド政権には距離を置き、反政府武装勢力寄りの態度をとってきている一方で、軍事介入にはオバマ政権時代から消極的な態度をとり続けている。

トランプ政権になってからは2度、シリアに対してミサイル攻撃を行っているが、これは化学兵器使用疑惑に対する懲罰的な意味を持つ一過性の軍事行動である。

現在のイドリブ県包囲に対してトランプ大統領は「無謀な攻撃」と切り捨て、アサド政権を支援するロシアやイランに対しても批判をしているものの、再度の化学兵器使用疑惑でも浮上しない限り、軍事介入はしないだろうというのが大方の見方である。

ただ、ここにきてトルコがロシアとの首脳会談を通じて、イドリブ県の反政府勢力支配地域とこれを取り囲むシリア政府軍との間に非武装地帯を設定し、両国が監視に当たることで合意。近々の総攻撃は回避されたかに見える。
 
トルコがここまで動いた背景には、これまでイドリブ県にいる反政府武装勢力を支援してきたメンツと、シリア政府軍総攻撃により大量の難民が国内に流入することへの懸念があったためだろう。

もっともこの合意がいつまで持つかは全く不透明である。過去にもシリア政府軍と反政府武装勢力との停戦は何度も破られてきた。反政府武装勢力を一括りに「テロリスト」と非難してきたアサド大統領が喉元に刺さった小骨のようなイドリブ県の状態をいつまでも許容するはずがないからだ。

このことは同時に安田氏の解放の行方も現時点では見通せないことも意味している。