総攻撃は回避されたかにみえるが…混迷続ける「シリア情勢のいま」

実は、緊迫度は高まっている
村上 和巳 プロフィール

安土城と似たISの経済循環

イラク国内でドレイミ族の有する商流・物流に武力で寄生することで収益を上げるというISの経済戦略は過激派組織による行き当たりばったりの結果とは言えない側面を多く有している。

まず、イラク軍やシリアのクルド人武装組織・クルド民主軍が制圧したISの支配地域からは組織のキャッシュフローなどを示す決算書のような書類が数多く発見されている。ここから彼らが金回りを非常に重視していたことが分かる。

そしてシリア国内でどちらかと言えばキリスト教正教会系の「聖地」ともいえるはずのラッカを彼らが首都にしたことも金回りという視点から考えると理解しやすい。

 

ラッカからはシリア第二の都市・アレッポ、シリアの石油採掘産業の中心地で、イラクのアンバール州への玄関となるデリゾール、シリアの最大小麦生産地にしてイラクのモスルへの中継地のハッサケ、トルコ南部の軽工業都市のシャンルウルファなどに通じる道路網の要に位置する。

いわばラッカは古来からの水運の要だけではなく、現代の陸運の要なのである。

つまるところ、ISはその支配地域の既存の交易ルートに覆いかぶさり、そこから徴収した税金に加え、寄付、原油収入、さらに地域内に居住を許された異教徒の人頭税などがボーナス的に付加された資金源を有していたのである。

実はこのラッカを首都とする戦略とほぼ似たような形式をとった事例が過去の日本に存在する。戦国武将・織田信長が築いた安土城だ。

当時の安土城の位置は、北国と呼ばれた日本海沿岸の港湾から琵琶湖を経由して淀川に至り、その周辺に京都や堺が位置する水運と東海道、中山道、北陸街道といった旧街道が交わる地域に築城されていた。これは軍の機動力だけでなく金回りを重視した結果とされる。

再起不能

しかし、2015年12月にイラク軍のラマディ奪還以降、ISは守勢に回ることになる。

アメリカを中心とする有志連合の空爆に加え、シリアのアサド政権についたロシア軍による空爆、イラク領内でアメリカの支援を受けたイラク軍、クルド自治政府軍、シリア領内ではシリア政府軍、アメリカの支援を受けた反政府勢力のクルド民主軍と四方八方に敵を抱え、その支配地域は縮小の一途をたどった。

シリアのラッカ、イラクのモスルを包囲するように周辺都市が陥落し、支配下に置いた油田地帯も度重なるアメリカを中心とする有志連合の空爆にさらされた。

2016年半ばに在イギリスの非政府組織「シリア人権監視団」が入手したISの内部文書では、全戦闘員の給与を半減する布告を出したこともわかっている。

とくにこの頃はシリア国内でクルド民主軍の攻勢にさらされ、シリアとイラク・トルコとの国境地帯のかなりの部分を失っており、まさにベーシックインカムである交易に寄生する収入も激減したことは疑いの余地はない。

結果として2017年には首都ラッカとイラクのモスルも陥落した。現在はイラク国境に近いシリア領内の一部のみの点の支配地域に追いやられ、そこさえもクルド民主軍による最終攻勢にさらされている。

この領域の狭さと、国際的な監視網が厳しい中ではもはや経済は循環せず、かつてのような「疑似国家」建設という形での復活はおろか、シリア内で武装勢力としての存在感を出すことすら極めて厳しいと言わざるを得ない。