総攻撃は回避されたかにみえるが…混迷続ける「シリア情勢のいま」

実は、緊迫度は高まっている
村上 和巳 プロフィール

ISのベーシックインカム

ただ、シリアからの武器流入のみでISの急伸長を説明できるわけではない。というのも武器があっても資金源がなければ長期の活動は不可能だからだ。

これまでISの資金源について、多くの識者がシリア・イラクで制圧した油田からの収入だと口にしてきた。例えばアメリカのシンクタンク・ブルッキングス研究所は、最盛期にISが支配下に置いたシリア、イラクでの油田合計12カ所から生産される原油は日量2万5000~4万バレル、その密売で得る収入は1日100~200万ドルとの推計を公表している。

しかし、建国宣言以前にISが制圧していた油田は小規模なものが3か所のみ。それも制圧時期は建国宣言の数日前の14年6月で、13年以降のIS勃興の資金源として説明はできない。

それまでのISの資金源の1つとしてこれまで指摘されているのが、アラブ湾岸諸国の富裕層からの資金援助。他の過激派組織でも従来から同様のことはよく行われている。これは献金者が組織の思想に共鳴している場合もあるが、単に自身の経済権益を攻撃ターゲットとしないという保障と引き換えのケースも少なくない。

 

だがそれ以上に重要な資金源とみられるのが交易の支配である。ISが版図を築いたシリア北部からイラク北部・西部に跨る地域は、地形図では荒涼とした砂漠地帯の中に都市が点在するだけかのように見えるが、もともと水運の要衝地域である。

その核が古代メソポタミア文明を形成したことで知られるユーフラテス川。

ユーフラテス川はトルコ北東部を源流にシリア領内を流れ、ISの首都だったラッカを経てイラク領内に入り、ISがイラクで奪取したアンバール州のラマディ、ファルージャまで至る。現在は水運の重要性は低下しているが、過去の名残りで当時の水運に沿って道路や通商都市が点在する。

実際、ISの首都だったラッカはオスマン帝国時代に陸運・水運に関わる税関が設けられた場所で、シリア北部では数少ない肥沃な農業地帯があることから、現在でもユーフラテス川流域の農産物の集積地となっている。

一方、イラク側ではISが支配下に置いたシリア・イラク国境のカイム、イラク第2の都市・モスルがあるニナワ州はイラク政府が設置した4つの自由貿易地帯に含まれる。

そしてイラクとシリア、ヨルダンとの国境地帯はイラク戦争前のサダム・フセイン政権期から現在まで盛んに密貿易が行われている地域だ。密貿易の対象品は、葉タバコ、紙巻きタバコ、野菜、日用品、中古車、精密機械など多岐に及んでいる。

ISによる交易の支配とは、こうしたヒト、モノの流れに通行税や関税などをかけることである。あるシリア人の自営業者は、私に当時の様子を次のように語ってくれた。

「IS建国宣言以降もイラクやシリア・ヨルダンとの物流はそれほど影響を受けていない。ISはお金を払えば結構あっさりモノもヒトも通してくれた。通行料はその時々によって変わって、初めの頃は定額で200ドル前後。密輸だと関税と称して商品の時価総額の5%程度を現金か物納させられた」

ちなみにこの自営業者は、ISとシリア政権側が軍事的に衝突しながらも両支配地域間の交易はそれほど影響なく続いていたと証言している。

ISを支えたイラク最大部族の存在

こうした密貿易の規模について正確な数字はないが、イラクのフセイン政権末期には、その公式輸出金額に匹敵したと現地の事情通は口にする。当時のイラクは湾岸戦争に伴う経済制裁などの影響もあり、対外輸出規模は推定100億ドル弱である。
 
この密貿易が決して馬鹿にできないものだったのは、イラク戦争によるフセイン政権崩壊直後も含め3度現地に渡航した私自身が見聞している。
 
イラク戦争では最終的に首都バグダッドに米軍が迫り、サダム・フセインを筆頭に軍、中央官庁の職員が一斉に職場を放棄して逃亡したため、あっけなく終戦となったことを記憶している人もいるだろう。
 
その直後にバグダッド入りした私にとって極めて不思議な現象があった。中央銀行だけでなく、民間銀行も営業していない中、民間両替商での外貨交換レートが1日1回必ず更新されることだった。

両替商にそのことを尋ねると、バグダッド北郊のある市場の名前を口にし、「そこに行く際は必ずイラク人に同行してもらい、決して写真を撮らないこと」と言明された。
 
実際に行ってみると、市場周辺には自警団と思われる自動小銃を抱えた男たちが配置につき、市場にいるのは葉タバコの卸売業者と両替業者の2種類のみ。自警団の1人に同行通訳を通じて来意を告げると、事務所のような場所に通され、そこに現れた恰幅のいい中年男性が滔々と語り出した。
 
男性曰く、ここは毎日、隣国のヨルダン、シリア、サウジアラビア、トルコへ輸出する葉タバコの市場で、市場を取り仕切る執行部と隣国の輸出元と衛星電話でやり取りをしながら、取引する際の外貨とイラク・ディナールの決済レートを決めているという。

このレートが市場内の両替商に伝わり、さらにバグダッドや主要都市の民間両替商に伝言ゲーム状態で伝わるという仕組みだった。ちなみにこの葉タバコ貿易は全てフセイン政権時代から黙認状態で行われていた密貿易である。イラク・シリア・ヨルダン・トルコの間で行われる密貿易は外国為替レートまで牛耳るほどなのだ。

この密貿易をイラク側で主に取り仕切っていたのは、同国西部からシリア・ヨルダン東部にまたがって居住するイラク最大部族でイスラム教スンニ派系のドレイミ族である。ISの指導者であるアブ・バクル・アル・バグダーディの妻もこの部族出身であり、ISが当初イラクで浸透したのもドレイミ族の中心地域であるアンバール州である。

ちなみに2015年にISが拘束していた日本人ジャーナリスト・後藤健二氏の解放条件として、ヨルダンが収監していたテロ実行犯との「人質交換」を提案した際、ヨルダン側とISの交渉をドレイミ族が仲介をしていたことは内外で報じられている。