大震災から7年半、事実やデータだけでは見えなかった「新しい復興」

なぜ「現場の男」は考え方を変えたのか
石戸 諭 プロフィール

現実を離れて考えることの重要性

そこで、小松が注目したのがアートや文化、福祉といった一見すると復興と何も関係なさそうなものだ。2017年に福島県出身の小説家、古川日出男に言われた言葉が強烈に印象に残っているとインタビュー中に何度も語っていた。それはこんな発言だ。

「アーティストは事実を伝えるのではなく、真実を翻訳するのだ」

小松が衝撃を受けたと語るのは、彼自身がデータや数値で事実を伝える活動ばかりしてきて、データで語れないものを語ってきていなかったという思いがあったからだ。

彼もまた、アーティストをはじめ東京など福島の外から訪れる人たちの案内をしている。いわきの歴史を語り、地元の名産を語り、まだ原発事故の爪痕が残る福島県沿岸部の国道6号線を北上する。

 

小松はデータを積み上げ、事実を語るうちにまだまだ自分のなかで語れていないものに思いをはせるようになる。それは「死者」という言葉であらわすことできる。

福島にも、東北の沿岸部にもあの津波で亡くなった死者がいる。彼の祖母のように、避難生活の中で亡くなった人もいる。これまでの暮らしや連綿と受け継がれてきた地域の文化、帰るべき土地を喪った人がいる。

個々人の喪失をデータや数値は語ることができない。数値やデータに還元されない、2011年3月11日を境に喪失したものにどう向きあうべきなのか。小松はアートの力でこそ「喪失」を伝えることが可能ではないか、と考えている。

《2015年にフリーランスになって、アーティストやアート関連の仕事を多く受けるようになった。自分でも「みちのくアート巡礼キャンプ」ってイベントに参加して、そこで古川さんの言葉を聞いて、本当に大きな影響を受けたのね。

アートってまさに「外部」なんだよね。俺はアクティビストを名乗っているから、どうしようもないリアリズムは知っている。

復興だなんだっていっても、今の地域の現実じゃここまでしかできないよねって思う。つまり「今、ここ」しか考えられない。

でも、アートって現実を離れて考えることができるんだよね。現実を離れて、外部に接続する。外部から、もう一度現実をみる。そうすると見方が変わる。

「今、ここ」だけじゃなくて、100年前のいわきはどうだったんだっけ、100年後はどうなってほしいんだっけと考えることができる。

100年前を想像することは「死者」の声を聞こうとすることでしょ。100年後を想像するのは、自分が「死者」になってからの声を想像すること。

目に見えないものを見ようとすること。それがアートや文化の力なんだって思う。

圧倒的なリアリズムで復興が動いているからこそ、遠回りかもしれないけどそういう力が必要だって。》

そして、浮かび上がるのは、もう一つの「福島」、もう一つの「復興」のコンセプトだ。

「新復興論」とは何か?

「福島は原発事故で障害をもってしまった」。この言葉は福島県猪苗代町にあるアール・ブリュットの美術館「はじまりの美術館」の館長、岡部兼芳の言葉だ。

美術館は郡山市内の社会福祉法人が運営しており、岡部も障害者福祉に深く関わってきた。

その言葉の意味することはこうだ。原発事故を怪我だと捉えると、治すことができて、目標は完治になる。しかし、障害には治る、治すという考えはない。「事実」として付き合っていくという考えになる。

「原発事故が起きた」という歴史的事実は変えられない。それを怪我だとみなすとなら、現状の復興政策でいい。

しかし、障害と捉え直すとどうだろうか。一生付き合っていくとしたとき、「喪失の記憶」を後世に伝えるという形での「復興」という道も見えてくるのではないか。

その道が「新復興論」と呼べるものであることを小松は示した。震災、原発事故から7年半をかけて、彼は自身の役割を見出したとも言える。

「福島の事実を伝え、真実を翻訳すること」である、と。