〔PHOTO〕西田香織

大震災から7年半、事実やデータだけでは見えなかった「新しい復興」

なぜ「現場の男」は考え方を変えたのか

東日本大震災から7年半――。デマ、分断、忘却……福島の復興は困難を極める中、ローカルアクティビストが世に問う『新復興論』とは何か? 『リスクと生きる、死者と生きる』著者のノンフィクションライター・石戸諭氏がその思考と実践を訊く。

(取材・文:石戸諭/写真:西田香織)

原発事故後の福島をどう捉えるか

「俺はこれまで原発事故が起きた福島をけが人だと思って、治そうとしてきた。でも、いまは考え方を変えた。ヒントになったのは、福島で活動している障害者福祉の現場の声だったんだ」

小松理虔、福島県いわき市在住の39歳、肩書きはローカルアクティビスト。彼は現場の人、行動の人を自認する。

いわき市に生まれ、福島のテレビ局の記者、上海に渡り日本人向けの情報誌などの編集に携わったあと、また「地元」に戻った。

2011年以降、いわき市にアートプロジェクトを招致したり、仲間を巻き込んで福島第一原発沖で調査名目で釣りをして、魚のデータを取ったり。活動はSNSを通じて全国に広がり、メディアの取材も多く受けてきた福島復興のキーパーソンの一人として名前が知られている。

その小松が初めての単著を出した。

タイトルは『新復興論』(ゲンロン)。「現場の人」がなぜ論じるのか。なぜ「新」なのか。

ヒントになるのが冒頭の発言だ。けがではなく「障害」――。彼の思考の中に、忘れられていく福島、関わりにくくなってしまった福島を乗り越えるヒントが見えてくる。

『新復興論』著者・小松理虔さん

危険論はなくなると考えていたが…

私が小松と初めて会った2013年、彼はいわき市内のかまぼこメーカーの社員として、広報に勤しんでいた。あの頃の小松は――彼だけでなく、毎日新聞で記者をしていた私もだが――とにかく苛立っていたように思う。

何に対してか。一向に理解が進まない福島の食についてだ。あの頃、SNS上では、小松に対して、彼がPRしていた「福島で作ったかまぼこ」に対してまったく根拠のない誹謗中傷があふれていた。

科学的に考えれば、福島県産の食材は世界屈指の検査体制のもと、他国よりも厳しい放射性物質の基準値をクリアしたうえで流通している。販売したところで全く問題ない安全なものだけしかなく、「毒を売るな」といった暴言はもはやヘイトスピーチといってもいい類のものだ。

 

いわき市内にできたばかりの小松の事務所兼イベントスペース「UDOK.」で短い時間だったが彼と話したとき、こうした言説をどうしたら減らせるか。今風にいえば「ネットのデマ」をどうやったら「潰せるのか」を話していた。

科学的な知識を広めていけばいつかはなくなるだろう。福島危険論を唱える相手を黙らせるファクトを出して、論破すればなくなるだろう。あの頃は無邪気にそう考えていた。