大学入試改革「調査書重視」というナゾな指針が教育現場に与える混乱

運用の仕方も必要性もよく分からない…
田中 圭太郎 プロフィール

もうひとつの罪

調査書による合否判定が、一般の入試でも強化されることになると、これまで指摘した点以外にも、様々な問題が考えられる。

まず、公平な評価が可能なのかという疑念がある。調査書に何をどのように記載するのかのルールが定められているわけではないので、どんな活動を記録に残すのかは、学校や教員によって差が出てくる。その差が「記述量」に現れた場合、量で合否が判断されると、受験生にとって不公平が生じてしまう。

加えて、調査書強化の方針によって、明らかに不利になると考えられる受験生もいる。それは、高校卒業認定を受けて大学受験をする生徒たちだ。

 

なんらかの事情で高校を中退した人が、その後、一念発起して大学を目指すという場合、高校卒業認定試験を受けなければならない。近年、価値観の多様化が進むにつれて、このような方法で大学進学を志す若者が増えていることは周知のとおりだ。

ところが、高卒認定を受けて大学受験をする受験生には、調査書を書いてもらう教員がいないのだ。「JAPAN e-Portfolio」を利用するには学校の教員の承認がいるので、教員のいない環境では使えない。そもそも、学校での活動もないので、書ける内容そのものが少ないだろう。教員資格のない教員が指導する通信制高校の生徒も、同様の支障があることが想像される。

この不公平をどのように解消していくのかを、文部科学省に聞いてみたが、特に対応は考えていないようだ。

「高校卒業認定や通信制高校を卒業した受験生に対して、調査書に関しての特別なフォローは考えていません」(文部科学省高等教育局大学振興課大学入試室)

それでは不公平になるのではないかと聞くと、「そのような環境の受験生については、調査書がないからと言って不合格にしないように、大学にお願いする形になると思います」という答えが返ってきた。それでは、そもそも調査書を強化して、受験生や教員に負担を強いる意味もなくなってしまうのではないだろうか。

現状では課題が多く、拙速ともいえる調査書の強化。教育現場は、運営方法や実務の面で頭を悩ませている。運用前ということで混乱があるのかもしれないが、多くの受験生と教員にとって「百害あって一利なし」の改革にならないことを望みたい。