設計者が明かす、カープ3連覇を生んだマツダスタジアムの秘密

「また行きたくなる」球場の思想
仙田 満

めまい体験

さて、新しい球場をデザインするとき、人を集め、楽しませるためにどんな考え方をしたのか。

「遊環構造」という、私自身が生み出した設計手法がある。

私はこれまでの40年間をかけて、こどもが元気に、丈夫に健全に育つためには、様々な教育メソッドも重要であるが、彼らが楽しく生きるための時間を有意義にすごす空間も大切であると訴え、その空間的な解決策を環境建築家として社会に提案し続けてきた。それが「遊環構造」だ。

マツダスタジアムの設計コンセプトとなった遊環構造

こどもを対象とした施設の設計を手がけるなかで、「遊環構造」を持った建物こそがこどもを集め、楽しませ、育てる空間となる。遊環構造には、以下7つのポイントがある。

①    循環機能がある、回遊性があるということ
②    その循環が安全で変化に富んでいること
③    シンボル性の高い空間、場があること
④    その循環にめまいを体験できるということ
⑤    その循環が一様ではなく、近道がある、ショートカットできること
⑥    循環に大きな広場が取り付いていること
⑦    全体がポーラス(多孔的)な空間で構成されていること(穴が開いていてどこからでも入り込めどこからでも逃げられるという状態 )

④の「めまい体験」とは、フランスの社会学者のロジェ・カイヨワが提唱したあそびの4つの要素の1つである。こどもがすべったり、高いところから飛び降りたりして、肉体的精神的に一時的パニック状態を楽しむもので、それをめまいと定義している。

新広島市民球場には、これらの「遊環構造」のポイントを重視した数多くの設計を施している。

プロ野球チーム同士の対戦を球場に観戦に行き、好きなチームを応援する楽しみは、大人であってもこどもであっても同じであろう。

であるとすれば、私が考え、提案し続けてきた、「遊環構造」が、球場の設計に必要とされると考えるのは間違っていないはずだ。こどもはもちろんのこと、大人もあそびのタイミングには、こども心を取り戻すのだから。

計算しつくされたカープロード

新広島市民球場には、遊環構造の7つのポイントを、漏れなくふんだんに盛り込んだ。一つひとつのポイントが複雑に絡み合いながら、より高い集客効果を発揮している詳細を解説していこう。

スタジアムの見取り図

駅から新球場までのアクセスは600m。JR広島駅から徒歩約10分だからアクセスはまったく悪くない。さらに200mのなだらかなスロープをつくっている。この坂を駆け上がっていくと、緑の芝生のフィールドが広がる。期待が感動に変わる。そんなワクワク感、ときめき感を、このスロープによって醸成した。この球場までの道は「カープロード」と呼ばれている。

広島駅から球場へ続くスロープ

球場全体は回遊性のあるポーラス(多孔的)な遊環構造とした。また、左右対称ではなく、メジャーリーグのフェンウェイ・パークやAT&Tパークのような、非対称でもいいのではないかと考えた。

ここから発想したデザインが、カープのシンボルである「優美な鯉が躍動する」イメージを生み出している。

3塁側はJRの線路に面しており、広島駅を発着する新幹線や在来線の窓から乗客は約11秒間グラウンドを見ることができる。

新幹線の線路際にあり一瞬見える工夫も凝らした

そのため、外壁を低くし、3塁側とレフト方向の観客席を減らしている。もちろん、打球が場外に飛びださないよう、過去の強打者のデータを調べるなど計算したうえで、それを防ぐための防球ネットを設けている。

かつて名古屋駅の近くにあった中日ドラゴンズの球場は、新幹線の窓から見ることができたのだ。車窓から見える、あの風景が私はとても好きだった。

あのような、球場外の様々な場所からのぞき見ることができる、開放的な球場をつくるというのが最初に考えたコンセプトだった。新幹線から球場が見えることも、県外からの観客が大幅に増えたポイントであろう。

開かれた球場としたもう一つの理由は、私が昔から閉所恐怖症だから。そもそも、閉ざされた空間が個人的に嫌なのだ。

球場内部には、一周600mのメインコンコースを設置した。観客は球場内をぐるぐる歩き回りながらさまざまな視点でグラウンドや客席を眺めることができる。さまざまなスタイルのシート、さまざまな種類の売店を設けているため、ただ歩くことで多様な体験ができる。

コンコースは一周できる遊環構造に

コンコースはJRの線路に面している3塁側は直線で、その反対側はチューブ型のカーブである。単に円形の周囲を同じように回るよりも、歩く際の視線の変化を持たせている。外周部にもアッパースタンドに上るコンコースがある。

従来、そのような部分は球場の外しか見えない、つまらない場所だったが、断面を綿密に計算し、そこからグラウンドがちらっと見える形にしている。アッパースタンドとメインコンコースの心理的な距離を近いものにしていると思う。

とにかく、ぐるっと一周すると600mだが、上ったり、下ったりとさまざまな回遊のルートをつくり、めぐる楽しさ、探索する楽しさを演出することを心掛けた。

このメインコンコースは公式戦をやっていない年間3分の1は、市民などのジョギングコース、散歩コースとして開放され、自由に、もちろん無料で使うことができる。

実はこれも、大事なポイントである。野球に興味がない人たちにもグラウンドが見えるため、「こんなきれいなグラウンドなのか。今度は野球を観戦しにきてみようかな」という“再来動機”になっているのである。

もちろん、遠くから野球場を見に来ても、一般的な野球場は試合がないと中の様子を見ることはできないのだが、ここではいつでも中を見ることができる。そして、試合がなくても球場を一周するだけで大満足で、きっと「今度は試合の時に来よう」と思うに違いないのだ。