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朝倉祐介氏語る「リスクだらけの人生を生き抜くための“プランB”」

「退路を断つ」という無責任
マネー現代編集部 プロフィール

夢が絶たれたあとの「プランB」

ところが、働き始めてしばらく経ったころ、バイクの事故を起こして大腿骨と下腿骨を粉砕骨折してしまい、肉体労働を続けられる状態ではなくなってしまいました。騎手になる夢に続き、馬に関わる仕事をするという夢も断たれてしまったのです。

入院3か月という大けがでした。寝たきり状態が2週間続き、最初に立ち上がろうとしたとき、筋肉がすっかり衰えて自力で立つことができず、倒れてしまったのには驚きました。それからのリハビリの辛さは、今でも忘れられません。

途中から実家近くの病院に転院し、北海道を去ることになります。手術の時に細菌が入ったこともあり、毎日40度の高熱にうなされるようにもなりました。結局、平熱が38度台といった状態が1年近く続きました。

高熱や足の痛み、リハビリの苦しさでとにかく体がきつく、「一刻も早く楽になりたい。普通に生活できる体になりたい」ということしか考えられませんでしたね。

こうして私は、10代で2つの夢に挫折しました。振り出しに戻り、どこにも所属のないニートとなったのです。

しかし、意外に思われるかもしれませんが、気持ち的に辛いものはあったけれども、どこかで「まあゼロからやり直せばいいか」という吹っ切れた思いもありました。

というのも、私の頭の中には常に、「夢の実現=プランA」とは別に、「リスクヘッジ=プランB」があったからです。夢が実現できなくても、また別の道でやり直せばいい。そう考えていたのです。

よく「退路を断つ」という言い方をしますね。自ら逃げ道をなくすことで、目の前のことにより奮起するといった意味合いで。一見勇ましくも思えるのですが、あれ、大嫌いなんですよ。

じゃあ実際に、挑戦していたことが失敗したらどうなるのか。その後のことを何も考えていない。自分自身の人生に対して、あまりにも無責任なもの言いだと思います。

失敗は誰にでも起こり得るんです。会社も同じですね。ベストシナリオを思い描くと同時に、ワーストシナリオも考えておかないと、いざという時に対応できない。

私が高校卒業を待たずに中学卒業後の15歳で騎手を目指したのも、もし失敗したとしてもそれから高校から大学という、いわゆる「通常のルート」に戻りやすいと思ったからです。高校を卒業してからブランクを経て、大学に進学するというのは随分と難しいことだということは、中学生でもわかることでした。

その点、高校は選ばなければどこにでも行けます。そこから真剣に勉強すればいい。「通常のルート」で就職することになったとしても、出身大学が気にされることはあっても、高校なんて誰も気にしないだろうというくらいの見当もついていましたしね。

2つの挫折を経験した私は、プランBに従って大学受験資格を取れる専門学校を経て、東大法学部に進学しました。

 

多少のお金を得るより大事なもの

子供の頃、母に強制的にお小遣い帳をつけさせられていたことも影響してか、大学生になってもちまちまとお小遣い帳をつけて節約に励んでいました。

怪我の後遺症もあって、大学1年生までは体を動かすといった、授業以外の課外活動に取り組むことができる状態ではありませんでした。関西から上京して友人もいないし、暇だったこともあって、生真面目に自炊をしていたんです。

ところが、料理自体は楽しいのですが、洗い物が面倒くさくてしょうがないんですね。これは何とかならんのか、と思っていました。

そして、ある時、「これ、時間の無駄じゃないか」と思ってしまったのです。自分の人生における、大学時代の時間の使い方として、これは圧倒的に間違っているぞ、と。

何のために自分は大学に進学してモラトリアムを謳歌しているのか。決して親から与えられたお金の範囲内でつつましく生活をして、出費を減らすために生きているのではないだろう、と思いました。少しでも多くのことを吸収して、自分がより大きな人間になるために、4年間というモラトリアム期間が与えられている、と考えるようになったのです。

節約したり、アルバイトをしてお小遣いを稼いだりするよりも、自分の価値を高める時間の使い方をする方が、よほど後々の自分にリターンがあると思うようになりました。

そして、大学2年生に進級するタイミングで、今後一切自炊はしないという決断をします。自分がより大きな人間になるための期間を十分に生かすため、言葉は悪いですが、親の脛をしゃぶり尽くそうと思いを固めました。その分、自分が大学生活を通してより多くのものを吸収できれば、親も本望であろうと解釈することにしたのです。

幸いにして、一般の大学生の生活費用程度はまかなってもらえるような状態だったこともあり、生活費の不足分をアルバイトで補うという考えを捨てることにしました。恵まれた環境にいたからこそできたことですが、恵まれているのであれば、それを生かさない手はありません。

大学生がありきたりのアルバイトをして得られるお金なんて、たかが知れています。当時の私のように、スキルも素養も知識もない普通の大学生にとっては、アルバイトでいくばくかのお金を稼ぐよりも、学問であれ仕事であれ、自分の成長に必要なものを吸収するために時間を使うほうがはるかに重要だと思うのです。

つまり、時間そのものが大きな価値を持っていたのです。

後編に続きます)