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朝倉祐介氏語る「リスクだらけの人生を生き抜くための“プランB”」

「退路を断つ」という無責任

今、『ファイナンス思考』(ダイヤモンド社)という本が、骨太の内容ながら累計6万5000部と売れている。日本企業が停滞したのは、目先の売上や利益を上げることを目的視する「PL脳」に蝕まれているから。その呪縛を解き、企業価値を最大化するための長期的目線に立った考え方が「ファイナンス思考」だと著者の朝倉祐介氏は言う。

朝倉氏は、生きる過程でいかにファイナンス思考を体得するに至ったのか。騎手を目指したもののアクシデントで断念、東大在学中に起業、マッキンゼーを経てミクシィCEOにーー、波乱の半生を「お金」を縦軸にして語っていただいた。

取材・文/堀容優子(ようこ) 撮影:白井智

「お金は空から降って来ない」が父の口癖

祖父の代から実家が自営業を営んでいたこともあり、気づかないうちに商売やお金に対する感覚が身につきやすい環境で育ったのかもしれません。

父がやっていたのは、建築関係の小さな会社で社員は20人ほど。大規模な建築現場で空調機器などの大きな機械を運搬して設置するというような、ゼネコンの孫請け的な仕事をしていたんです。

父と仕事の話をすることはありませんでしたが、「お金は空から降ってくるようなものじゃない」とか「なんでもかんでも人のせいにしてはいけない。全部、自分の責任と思え」というようなことはよく言われました。

今にして思うと、これは自営業者特有の発想ですよね。子供のころはそれに反発もしましたが、折に触れて父がそういった言葉を口に出すのを耳にするうちに、「お金は自分で生み出すもの」という感覚が育ったというのは、あるかもしれませんね。

もう一つ、私の金銭感覚のベースに、子供のころから強制的にお小遣い帳をつけさせられたこともあります。

これは母主導の教育方針だったのですが、週に100円お小遣いをもらい、それをどう使うかを自分で考えるんです。プロ野球カードを買うのには熱中していた時期があるのですが、そんなときは2~3か月分を貯めて計画的に買って、その収支を全部お小遣い帳に記帳するわけです。

 

「経営者としての土台」は小学生で築かれた

幸か不幸かはわかりませんが、私の人格やそれに紐づく価値観も、親のある教育方針の影響で形成されたのではないかと思っています。

1982年生まれの私は、1992年に小学校4年生になりました。近い世代の方にはわかってもらえると思いますが、この世代の小学生が何をして遊んでいたかというと、スーパーファミコンです。「マリオカート」や「ストリートファイターII」に、日本中の子どもたちが夢中になっていました。

ところが、あろうことか朝倉家は「子供にテレビゲームを買い与えない」という教育方針だったんです。代わりに、のつもりかどうかはわかりませんが、父が買ってくれたのは、パソコンでした。NECのPC9801で、買ってくれたゲームソフトは「信長の野望」です。夢中になりました。

しかし学校で武田信玄や上杉謙信を倒したと言っても、誰もわかってくれない。たまに友達の家でマリオカートをやっても、普段、やったことがないからうまくできない。必然的に浮いてしまうわけです。なんとなく周囲と会話内容がかみ合わなくなり、寂しい思いもしました。

親の「子供にテレビゲームを買い与えるのはまかりならぬ」という教育方針の結果、私は非常に孤独に強い子供になりました。狙ったわけでは決してないのでしょうが、今になって思うと、孤独に強いというのは経営者としてものすごく重要な要素の一つなのではないかと思います。

関連した話ですが、小学校時代を通じて「人からどう思われるかを気にしない」という性格も形成されたんじゃないかと思っています。生徒会の会長をやっていたのですが、何か問題が起こると、対立する生徒の間で板ばさみになる。意見が紛糾してまとまらないと先生からも怒られる。先生と生徒のどちらからも嫌われる役どころに慣れてしまったんですね。

テレビゲームを買い与えてもらえなかったことや、生徒会長をやった経験は、その後のキャリア選択や働き方のスタイルにも少なからず影響を及ぼしているはずです。