モンスターマシンとして今なお人気のスカイラインGT-R

ニッポンの名車が眠る「宝箱」日産の秘蔵コレクションがスゴすぎる

ハコスカ、ケンメリ、ZにGT-R…

提供:日産自動車

70年前の「電気自動車」まで !?

「ハコスカ」「ケンメリ」「Z」、そして「天皇陛下が愛したクルマ」……。

昭和と平成の日本を駆け抜けた、往年の名車・希少車が所狭しと並ぶ。そんなカーマニアならずとも心踊る場所をご存知だろうか。神奈川県にある日産自動車座間事業所に併設された、「日産ヘリテージコレクション」だ。

ヘリテージコレクション内部。日産の歴史すべてが詰まった夢の施設だ

「当館では1954年以来、日産の歴史にとって重要な役割を果たしたクルマを収集しており、現在はおよそ450台を所蔵しています。そのうち約300台を一般公開し、毎年1万5000人以上のお客様にご覧いただいています」(日産のヘリテージ[歴史]マーケティングを担当する日産グローバルブランドエンゲージメント部・中山竜二氏)

サーキットを彩ったレーシングカーも展示されている

どんな「お宝」が眠っているのだろうか。さっそく館内を見学させてもらおう。

5600㎡という広大な展示スペースには、1930年代から現代まで、年代順にクルマが配置されている。まず目に飛び込んでくるのが、ハート型のグリルが美しい「ダットサン14型 ロードスター」だ。

「それまで自動車は1台ずつ手作りでしたが、1935年に発売されたこのロードスターでは、組み立て工程にベルトコンベアを採用し、年間3000~4000台もの大量生産が可能になりました。『ダットサン』は、戦前日本の自動車業界を代表するブランド。ちなみに当時、運転免許は試験のない申し込み制で、クルマを買ったその日から運転できたそうです」(中山氏)

ダットサン14型 ロードスター

いかにもクラシックカーらしい気品あるスタイリングに見とれつつ歩みを進めていくと、今度は丸みを帯びたボンネットがなんともかわいらしいクルマが。なんとこれ、1947年に発売された「電気自動車」なのだ。

戦前の航空機メーカー「立川飛行機」のメンバーが戦後に創設した「東京電気自動車」(1966年に日産自動車と合併)が開発したこの「たま電気自動車」は、航続距離96km、最高速度は時速35kmという当時の電気自動車としてはトップクラスの性能で、タクシーなどの用途に重宝された。

たま電気自動車

「バッテリーを床下に配置するなど、設計思想は現在の電気自動車と変わりません。当時は街中にバッテリー交換ステーションがあり、電池残量が少なくなったらバッテリーを丸ごと交換することで、スムーズな運用を実現していたそうです」(中山氏)

いまの日産は、100%電気自動車の「リーフ」、e-POWER搭載の「ノート」「セレナ」をラインナップに加え、電気自動車の領域で大きな存在感を誇る。その源流が70年以上も前にあったとは、驚かされるばかりだ。

天皇陛下が愛した一台

1950年代のクルマが並ぶ一角で、ひときわエレガントなブラックの装いが目を惹く。先述の東京電気自動車が、「たま自動車」と改称して初めて作ったガソリンエンジン車、「プリンスセダン デラックス」だ。

プリンスセダン デラックス

「プリンス」の車名は、1952年に行われた明仁親王殿下(今上天皇)の「立太子の礼」にちなんで名づけられた。1954年の「全日本自動車ショウ」(後の東京モーターショー)に出品された折、会場を訪れた明仁親王殿下がいたく気に入り、自ら購入。

若き日の天皇陛下はこのクルマのハンドルを握り、葉山御用邸周辺などをドライブされたという。「ここに展示しているプリンスは、実際に陛下がお乗りになった車両の実物なんです」(中山氏)というから、史料としても貴重な一台だ。

1960年代のコーナーへさしかかると、見覚えのあるクルマがぐっと増えてくる。なかでもベテランドライバーにとって懐かしいのは、「ブルーバード510型」だろう(写真はブルーバード1600デラックス)。

ブルーバード1600デラックス

1967年デビューの同車は、斬新なデザインと、ミドルクラスとしては最高性能のエンジンで話題を呼び、全世界で累計155万台販売という大ヒットを記録。今も多くのファンから「ゴーイチマル」「ファイブ・テン」などの愛称で親しまれている。

「とりわけアメリカでよく売れました。当時の米国でミドルクラスの輸入車といえば、フォルクスワーゲンの『ビートル』が圧倒的なシェアを誇っていました。しかし『510』はビートルを抑え、ミドルクラスの輸入車としてはナンバー1の売り上げを記録したんです」(中山氏)