石炭を食べて天然ガスをつくる「孝行者」の菌がいた

腐海に魅せられた女性研究者の“仰天”発見記
水品 壽孝, ブルーバックス編集部

地球は「生物起源のメタン」の世界

以来、メタン生成菌一筋の研究生活を送ってきた持丸さん。新種のメタン生成菌も、これまでに2株分離・同定し、自ら名づけ親となっている。

「プロファンディ」と「アンティカム」──。いずれも、千葉県茂原市の南関東ガス田から採れたメタン生成菌だという。生物の名前はラテン語表記で、「プロファンディ」は深いという意味、「アンティカム」はアンティークと語源が同じで古いという意味。いずれも、地下深部の堆積当時の古い海水から分離したという意味を含ませている。

ところで、地球上のメタンには、微生物の活動によってつくられる生物起源のメタンの他に、地下での熱分解によって生成されるメタンがある。現在、天然ガス資源として利用されているメタンの約8割は、この熱分解起源のメタンだ。

ところが、グローバルなメタンの収支を考えると、この関係は逆転する。メタンの発生源として、生物起源のメタンのほうが圧倒的に多く、全体の90〜95%を占めているという。

次世代のエネルギー資源として期待されているメタンハイドレードも、そのほとんどは微生物起源だ。牛や羊の胃の中でつくられ、げっぷやおならとして大気中に放出されるメタンは、地球温暖化を促進する温室効果ガスとして悪者扱いされているが、これらも、そのほとんどが微生物の活動によってつくられている。

坂田さんが解説してくれた。

「コールベッドメタンも、米国では、その4割はメタン生成菌がつくったものと評価されています。しかし、これまではその生成プロセスがよくわかっていませんでした。今回の研究は、その一端を明らかにしたことになるわけです。これは学術的な意義にとどまらず、産業面への寄与も大きい。微生物の活性を高めて、石炭を積極的にメタンにすることができるようになれば、コールベットメタンの増産につながっていきます」

生成経路の解明に挑む

今回発見されたメタン生成菌のエサであるメトキシ芳香族化合物は、石炭層だけでなく、ケロジェンとよばれる堆積物中の有機物にも含まれている。ケロジェンは、植物や藻類など多様な生物に由来し、地球上で最も多く存在する有機物だ。

石油・天然ガスの主要な根源物質であり、メトキシ芳香族化合物を利用するメタン生成菌は、コールベッドメタンだけでなく、さまざまな天然ガス資源の形成に寄与している可能性があるという。

ただし、メトキシ芳香族化合物を利用してメタンを生成する新しいメタン生成経路の詳細については現在研究中で、まだはっきりとは解明されていない。いまのところ、メタン生成菌がメトキシ芳香族化合物のメトキシ基を脱メチル化して酢酸を生成し、その酢酸を分解する経路と二酸化炭素還元経路の2種類のメタン生成経路を介してメタンを生成するという仮説が有力だ。 

「今後の課題としては、まずはその生成過程を明らかにしなくてはいけません。また、メトキシ基を利用してメタンを生成するメタン生成菌が存在することまでは明らかになりましたが、石炭に含まれるメトキシ基はそれほど多くないので、回収効率が悪い。石炭に含まれる他の成分も分解してメタンに換える微生物が見つかれば、いろいろな菌を使って、より効率的にメタンを生成することができます。次のステップとしては、この点も目標にしたいと思います」(坂田さん)

【写真】北海道夕張市の「コールベッドメタン」試掘地
  北海道夕張市の「コールベッドメタン」試掘地(©産総研)

かつて活況を呈した日本の炭鉱は現在、そのほとんどすべてが閉山になっている。しかし、その地下にある石炭層には、莫大な量のコールベッドメタンが存在するという。掘り出しが必要な石炭とは違って、メタンガスは掘削すれば自噴するので採取しやすいという特徴がある。メタンを生成する微生物を利用した回収技術の進歩によって、コールドベットメタンの開発が加速することは間違いないだろう。

酸素に触れることを嫌い、地下深くに潜り込んでひっそりと生きているメタン生成菌たちが、炭鉱にかつての活況を取り戻してくれる日も近いかもしれない。

プロフィール  
【写真】持丸さん、坂田さん プロフィ−ル

持丸 華子(もちまる・はなこ)(写真左)

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ 主任研究員

坂田将(さかた・すすむ)(写真右)

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ 上級主任研究員

私たちは、油田やガス田、炭田などの地下資源を微生物によって効率的に回収することを目的として、地下深部で微生物がどのようにこれらの物質を分解しているのかを明らかにし、どのように産業へと応用していけるのかについて研究しています。地圏微生物の発見から、産業利用の可能性まで、“地下のワクワク”を追求しています。

取材協力: