石炭を食べて天然ガスをつくる「孝行者」の菌がいた

腐海に魅せられた女性研究者の“仰天”発見記
水品 壽孝, ブルーバックス編集部

因縁のライバルとの“再会”

メタン生成菌AmaM株は、単独でトリメトキシベンゾエートを食べてメタンを生成する。持丸さんがこの発見を研究チームのメンバーに伝えると、当初は疑念の声も上がった。それほど“常識外れ”だったということだが、根気よくデータを提出し続けたことで徐々に理解者が増加。一緒に研究する仲間も増え、研究の裾野が広がっていった。

AmaM株以外にも、メトキシ芳香族化合物からメタンを生成できるメタン生成菌はいないのか? ──類似の菌を探し出す目的で、持丸さんはAmaM株を含む11種のメタン生成菌を各種メトキシ芳香族化合物とともに培養し、メタンを生成するかどうか実験を行った。

そのターゲットとなったのは、メタノールやメチルアミンなどのメチル化合物をエサとする系統のメタン生成菌だ。AmaM株が、やはりメチル化合物を食べる系統のメタン生成菌だったため、同じ系統の代表的なメタン生成菌11種を選んで実験を試みた。

結果はどうだったのでしょう?

「AmaM株同様、トリメトキシベンゾエートを利用してメタンを生成している菌がもう一つ見つかったんです。それは……、命名で先行された例の中国人研究者が分離同定し、2007年に論文発表したメタン生成菌でした。ZC-1株とよばれるものです。その後の実験で、AmaM株は少なくとも35種類の、ZC-1株が34種類のメトキシ芳香族化合物からメタンを生成することが判明しました。AmaM株だけがメトキシ芳香族化合物を食べられれば、新種提案できたのですが、それは結局叶いませんでした」(持丸さん)

因縁のライバルと、ふたたび運命が交錯した……、なんとドラマチックな展開だろう。

AmaM株がさらに石炭からメタンを生成できるかどうかを調べるため、熟成度の異なる石炭とともにAmaM株を培養すると、褐炭、亜瀝青炭、瀝青炭でメタンを生成することがわかった。特に、熟成度が低く、メトキシ芳香族化合物が比較的多く検出された褐炭において、メタン生成が顕著であったという。

これは、AmaM株のようなメタン生成菌が石炭中のメトキシ芳香族化合物を直接メタンに変換することで、微生物起源のコールベッドメタンの形成に寄与している可能性を示している。坂田さんが補足する。

坂田将さん
  坂田将さん

「環境中の菌を遺伝子で解析することがはやっていますが、昔ながらの菌の分離を行うことはとても重要です。菌の分離あってこその新しい代謝の発見でしたから。

2016年にこの発見を『サイエンス』誌に掲載すると、持丸さんに先んじて論文を出し、菌に名前をつけた中国人研究者も大喜びしてくれ、私たちの研究室を訪問されました。自分が命名したメタン生成菌に、他のメタン生成菌とはまったく異なる機能があることが発見され、その菌が世界的に注目されるようになったのですから」

「ナウシカの腐海を創ってみたかった」

タッチの差で新種提案できなかったAmaM株を捨てずに飼い続け、AmaM株が単独でトリメトキシベンゾエートを食べることがわかると、こんどはカタログを見ながらメトキシ基がついている物質を一つひとつ探し出しては食べさせた──。

それは、持丸さんたちの執念と地道な努力が、実を結んだ瞬間だった。

持丸さんが、微生物の研究者を志した意外な理由を教えてくれた。きっかけは、あの国民的なアニメ映画だったという。環境問題に興味を抱き、微生物をテーマに選んだ背景には、その作品独自の舞台設定があった。

「宮崎駿さんの名作『風の谷のナウシカ』に、“腐海(ふかい)”とよばれる瘴気(しょうき)に満ちた森が出てくるでしょう。腐海の巨大な菌類のようなものは、人間に害を及ぼすものとして描かれていますが、じつは汚された地球環境を浄化してくれるシステムとして機能しています。私は、腐海のような環境浄化システムを再現できる科学者になりたいと思っていたんです」

【写真】環境浄化システムに憧れた
  環境を浄化するシステムづくりに憧れた photo by iStock

そんな持丸さんがメタン生成菌と出会ったのは、筑波大学3年生のときだった。外部研究生として国立環境研究所に出向き、たまたま手伝うことになった研究テーマが「西シベリア湿原のメタン生成機構の解明」だったという。持丸さんが目を輝かせて言う。

「メタン生成菌は、420ナノメートルの波長の光を当てると青緑色に光ります。初めて蛍光顕微鏡で光り輝くさまざまな形のメタン生成菌を見たとき、『なんて美しいんだろう。宇宙の宝石みたい!』と魅了されて、メタン生成菌の虜となりました。

メタン生成菌は機能もシンプルです。酸素は不要で、水素と二酸化炭素さえあれば生きられるという点では、太古の地球に存在していたかもしれないし、宇宙にもいるかもしれません。『宇宙で最初の生き物はメタン生成菌だ』と言う人もいるほどです。

しかも、メタンというエネルギーをつくってくれるわけですから、『ステキすぎる!』とゾッコンになりました。今では、腐海はどこへやらという感じです(笑)」