貧困問題に取り組んできた僕が「ケンカツ」全話を観て思ったこと

10月から生活保護基準が変わる中で
大西 連 プロフィール

「生活保護、それは命を守る最後の砦」

今回のドラマでは、「不正受給」「扶養義務」「就労のための努力をしない」「アルコール依存症」などのテーマを扱った。

いずれも、これまでの文脈では、「自己責任」という名のもとに一刀両断されていたテーマかもしれない。「こんなやつをどうして税金で養わなければいけないんだ」と言われやすいテーマでもある。

しかし、各話で一人ひとりの背景が明らかになるにつれ、抱えている困難さ、支援の不備や周囲の気づきの不在、機会がないことによって奪われていた本来持っているその人の力の価値などが示され、各人がそれぞれの道を進んでいった。もちろん、それは「物語」であるがゆえに当然なのかもしれない。

実際には、さまざまな事情を抱え、前向きな生活ができない人も多くいるだろうし、支援のはざまで苦しむ人もいるだろう。

一方で、ここで示されたのは一つの可能性である。

これまで、ネガティブに描かれることが多かったそれぞれの背景に抱える課題(テーマ)が、主人公や周囲のサポートによってそれを少しずつ解決にむけて進んでいくことにより、ポジティブな形で描かれていたということだ。

最終話において「それぞれの事情、それぞれの人生」という言葉が語られた。

このメッセージは全編を通じて通底されていたものであり、生活保護というテーマを描くにあたって制作陣が大切にしていたものであろう。こういったメッセージが語られることはこれまでの文脈では決して多くはなかったのである。

ドラマで描かれた生活保護行政の現場は、リアルでありながら、あくまでフィクションである。現実には多くの現場は生活保護利用者、支援をするケースワーカーの双方にとって過酷なものであろう。

しかし、このドラマが描いたものは一つの可能性であり希望でもある。一人ひとりの生活保護利用者にドラマのように丁寧な支援ができないのであれば、どうやったらそれができるようになるのであろうか。

人員増や専門性の向上など、予算やさまざまな制約によっていまはできていないことも政策の変更や予算のふりわけによって可能になることもあるはずだ。

 

くしくも、10月1日より、生活保護の基準が一部改訂される。新しい生活扶助の基準によれば、67%程度の生活保護世帯で、支給されていた金額が減額される(一部は増額の世帯もある)。

生活保護利用者とケースワーカーはカウンター越しに対立する関係性ではない。しかし、こういった制度改正が続く近年においては、さまざまな確執やすれ違いを生んでしまうことも起きている。

ドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」は、たしかに、フィクションである。しかし、「それぞれの事情、それぞれの人生」が真に貫徹された時、これまでとは全く違う生活保護の現場、生活困窮者への支援が実現するであろう。その一つの道筋としてのこのドラマは、大きな価値と希望であった思う。

最終話の最後、以下のナレーションでドラマは終了した。

「生活保護、それは命を守る最後の砦。今日もその現場で私たちは働いている」