貧困問題に取り組んできた僕が「ケンカツ」全話を観て思ったこと

10月から生活保護基準が変わる中で
大西 連 プロフィール

あくまで「フィクション」である

ここからは率直に書こう。

まず、全話を視聴して、制度的な誤りや偏見を助長するような表現、描き方をしているようには思えなかった。その点は大きな安堵を覚えた。

また、登場する一人ひとりの生活保護利用者たちが、それぞれに悩み、苦しみながらも何とかそれに立ち向かい、主人公たちケースワーカーの協力のもと、前向きに歩みを進めていく姿には胸を打つものがあった。

 

とはいえ、一方で、どこか冷めた目で見てしまっている自分がいることも感じた。

それは、あくまで「フィクション」である、ということにだ。

主人公の新人ケースワーカーの義経えみる(吉岡里帆さん)は、一人ひとりの生活保護利用者に文字通りよりそい、必要とあれば何度も訪問し、かなり丁寧なやり取りをすることをいとわない。

また、先輩ケースワーカーの半田さん(井浦新さん)や京極係長(田中圭さん)も、主人公を丁寧にサポートしながら、OJT的に支援の「いろは」を伝えていく。

しかし、そんなことは実際には可能であろうか。

厚生労働省は1人のケースワーカーが担当する生活保護利用者の世帯数を80(標準数)としているが、都市部など多くの自治体では1人のケースワーカーが120世帯以上を担当することもあるのが実情だ。

その担当世帯の一人ひとりに対して、支援の方向性の決定、保護の開始の決定や停止や廃止の判断、給付する金額の計算、関係機関への支援の連絡や調整、他機関への同行等をおこなうのだ。

また、自分の担当する人からの相談等があれば時間を割くのはもちろんのこと、電話や面談、訪問等での相談支援もおこなう。膨大な仕事量であることは言うまでもない。

もともと、困りごとを抱えて生活が苦しくなって最後に利用するのが生活保護制度なわけであるから、その困りごとを一つひとつひもといて解決に向けて支えていくには、とても大きな労力と時間がかかる。

現行の人員体制では、えみるのような「支援」は物理的にも不可能なのではないか、と思う。