ドラマ『西郷どん』から考える、「西郷と龍馬」ふたりの違い

歴史に刻まれた「名前」も違う
堀井 憲一郎 プロフィール

このあたりは京都の繁華街の真ん中で、私が中高生の頃1970年代には書店がたくさん並んでいたので、毎日のように通っていたのだけれど、そのころはまったく目立たない石碑だった。旅行代理店の脇にあって、よほど気をつけないと見つからなかった。当時の書店でいえば京都書院とサワヤ書房のあいだにあった(どっちも残ってないので、いまさら書いても意味はないんだけど)。

記憶によると昭和2年に建立されたまま、平成の最初のころまでは、ぬぼっと石碑が建ってるだけだった。

 

何だか、そのへんも、死んでも通り名の「龍馬」と呼ばれ続ける彼らしい扱いで、明治政府は明治を越えて生き残らなかった人たちは、やはり他人事のように扱っているよな、とおもっていた。

そのほったらかしの姿も過去のものになってしまった。いまは飾られている。

おそらく司馬遼太郎たちの賞揚作品を読んだ世代が研究者となって、扱いが変わっていったのだろう。それに平成時代の日本人の意識が合致していったようにおもう。

かつては明治を越えて生き延びたかどうかが評価のポイントだったのだが、そこがなくなっていったようだ。そのへんの変化がおもしろい。幕末のころが地続きの時代という感覚が失せていったからでもあろう。

坂本龍馬がフューチャーされていくところと、子供の遊びがゲーム機中心になっていくところが、なんとなくリンクしているように、ふと感じた。

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