ドラマ『西郷どん』から考える、「西郷と龍馬」ふたりの違い

歴史に刻まれた「名前」も違う
堀井 憲一郎 プロフィール

なぜ、これがいまだに「坂本龍馬暗殺者の謎」となるのか、そのほうが不思議である。龍馬の暗殺を何かの陰謀にひもづけたいという、その日本人の暗い心の動きのほうが、とても興味深い。かなり明快な事実を無視しても陰謀説を採りたいという、そっちの心理に何かしらの日本人の心情が反映されているようにおもう(個人的には学生運動家たちの暗い心情につながってる感じがしてしまう)。

「織田信長を殺したのは明智光秀である」のと同じくらいの確度で「坂本龍馬を殺したのは京都見廻組である」と考えていい。だから「信長殺しは光秀ではない」というのと同じレベルで「龍馬暗殺の犯人はいまだに謎である」という話があっていいし、それをおもしろがるのはいいのだが、そこに強く拘泥してしまうと「おれたち庶民はいつも政府に騙されている」という暗い願望にしがみついていることになり、あまり深入りしないほうがいいエリアだと私はおもっている。

 

50年前の大河ドラマを振り返る

『西郷どん』で小栗旬の龍馬は、やっぱり暗殺されるときもかっこいいなあとおもいながら見ていて、50年前の大河ドラマの龍馬暗殺シーンををおもいだした(そうか、もう50年以上、大河ドラマを見てるのかと、書いていてちょっとくらくらする。『太閤記』の本能寺のところからの記憶がある)。

50年前、昭和43年1968年の大河ドラマは『竜馬がゆく』である。原作は司馬遼太郎。

竜馬を演じたのは北大路欣也、中岡慎太郎は新克利(あたらし・かつとし)だった。ちなみに西郷吉之助は小林桂樹。

この最終話、竜馬は斬られ、わしはもういけん、とか何とか言って、倒れるのだが、そのおり、中岡慎太郎が後ろで動いていた。

ドラマの中で、中岡が動いて屋根のほうへ出て行く。それに気が付いた小学5年生の私は、この人、映ってることを気付かんと後ろで動いてはる、と叫んで、家族を呼んだ。日曜の放送で見て、土曜の再放送で確認して、また、そのすぐあとにあった総集編でもそれを確認した。

総集編のころは年末の休みで、家族そろってテレビをみていて、映ってるのを知らんと動いてはるやろ、とはしゃいで、家族も、そうやなあと一緒に見ていた。明治22 年生まれの祖父が、ほうほう、と一緒に見ていた風景を覚えている。中岡慎太郎役の新克利は映ってないとおもって、勝手に動いて外に出ていったんだ、すごい発見をしたと、ずっとおもっていた。いまだに覚えているところに、当時の昂奮ぶりがわかる。 
でも違っていた。そもそも昭和43年でも映り込んでる役者は勝手に動かないだろう。

のち、当時の中岡慎太郎は、助けを呼ぼうとして屋根ごしに隣家に声をかけたという叙述を読んだことがある(「竜馬がゆく」ではない)。おそらくその動きをリアルに再現していたのではないかと、あとになっておもったのだ。

竜馬はその場で致命傷を受けたが、たまたま一緒にいて斬られた中岡は傷が少し浅く、それから二日生き延びた。谷干城や香川敬三と話をした。

中岡慎太郎が二日生き延びたというエピソードのなかで印象的なのは、襲撃された翌日の夕方に「やきめしが食べたい」といって3杯も食べた、というものである(これは『竜馬がゆく』のあとがきにある)。その翌日にはそれをもどして、亡くなった。やきめし、という言葉の手触りに、何となくそこにきちんと生きていた人、という感覚を受け取って、いまだに印象深い。

1968年の大河ドラマ『竜馬がゆく』の最終話の最後のシーンで、中岡慎太郎は外へ這って出ていったのだ。その最終話の中岡慎太郎の動きをもう一度確認したいんだけど、当時の映像は残っていないらしい。同じ記憶のある人もいるとはおもうのだが。

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