南極に現れた「ダーウィンの池」

生命1.0への道 第13回
藤崎 慎吾 プロフィール

池の底に広がる異世界

国立極地研究所(極地研)副所長で教授の伊村智(いむら・さとし)さんは、コケの専門家である(写真3)。庭園や森の岩をふさふさと覆っていたり、街中ではコンクリートブロックの隙間にこびりついていたりする、あのコケだ。

森林生態学を学ぶつもりで入った広島大学が日本におけるコケ研究のメッカで、いつの間にかその魅力に取り憑かれていたらしい。極地研に就職したのも、伝統的に広島大学が研究者を送りこんでいたためだ。

【写真】伊村智さん
  写真3 「コケは南極から熱帯まで、地球上のどこでも生きられる植物です」と語る伊村智さん

そう、南極の露岩域にもコケは生えている。というか南極の陸上植物といえば、だいたいコケや地衣類、藻類くらいしかない。高等植物の分布は南極半島の一部に限られる。

広島大出身者の伝統を受け継いで、伊村さんも南極のコケを調査するため観測隊に参加してきた。とはいえ陸上のコケは先輩の研究者たちによって、ほぼ調べつくされている。そこで目をつけたのが、窪地に雪解け水が溜まってできる池だった。

南極には、そのような池や湖が無数にある。もちろん昭和基地の周辺にもある。大きいものでは直径1kmに達し、平均水深は5~15mだ。しかし、その中をちゃんと覗いてみた人はいなかった。ただ、池の岸辺にコケの塊らしきものが打ち上げられていることは報告されており、標本もあった。

そこで伊村さんは水深3mほどの浅い池に船を浮かべ、箱メガネのようなもので水中を観察してみた。すると、驚くべき光景を目にしたのである。

子供のころにシーツや毛布をかぶって「お化け」のまねをした経験は誰にもあると思うが、そんな感じのお化けが池の底に、ぼこぼこぼこと数えきれないほど立ち並んでいた(写真4)。どうやらそれは塔のような形に成長したコケらしい。1995年、世界初の発見だった。そして昭和基地周辺を除くと、南極に限らず、いまだにどこでも見つかっていない。

【写真】雪解け水の溜まった池
【写真】コケの群落
  写真4 雪解け水が溜まった池(上)と、池の底に見つかった塔のようなコケの群落(提供/伊村智氏)

コケというと、一般的には陸上植物というイメージがある。しかし、実は水中でも生きられるのだという。

「普通そのへんの草だったら葉っぱに気孔があって、そこから酸素を取り込んで二酸化炭素を出していますね。しかしコケには気孔がないんです。細胞の表面で直接やりとりしている」と伊村さんは言う。

「なので、空気と細胞の接点で酸素と二酸化炭素のやりとりをするのも、水に浸った状態で細胞壁を通してやるのも、一緒なんです。したがって陸に生えているコケを水の中に入れて飼っても、成長自体はべつに変わりません」

実際に日本でも、酸性度の高い池や高山の冷たい池など、他の生物にとって住みにくい場所では、水中にコケが生えているという。一方で庭の池などにコケが生えないのは、藻類など他の生物との競争に負けてしまうからだ。

伊村さんによって「コケ坊主」(注2)と名づけられたその塔状の構造物は、大きいものでは直径30cm、高さ80cmほどになる。しかし、それ以上には成長できない。なぜなら冬になると最大2m近くも氷が厚く張って、水深3mほどの池では、底と氷との隙間が1m程度になってしまうからだ。たとえ、それ以上に高く成長したとしても、冬の間ずっと氷に頭を削られ、やがては崩れて倒れてしまう(写真5、図1)。

注2)湿原に行くと、スゲ属植物の株が塔のように盛り上がって、立ち並んでいることがある。これを「谷地坊主」と呼ぶが、「コケ坊主」はこれにちなんで名づけられた。

コケ坊主の年代測定をしてみると、その成長量は1年に1mm以下であることがわかった。つまり最大の80cmまで達するのに1000年近い月日が、かかることになる。それが崩れては、また盛り上がって成長し、気の遠くなるような周期で波打っているわけだ。

【写真】コケ坊主
  写真5 コケ坊主のてっぺんは勢いよく成長しているが、高さ80cm以上にはなれない(提供/伊村智氏)
【図(イラスト)】コケ坊主のキャラ
  図1 コケ坊主は国立極地研究所の“ゆるキャラ”にもなっている。名前は「コケ坊」(提供/伊村智氏)

ふるさとは、はるか遠くのアンデス山中

このコケ坊主は、いったいどこからやってきて、このような姿になっていったのか? 
それを調べていくと、リセットされた環境に再び生命が根づいていった過程が見えてくる。

1万年くらい前、氷床が退いてできた露岩域の窪みに、雪解け水が溜まって池ができた。当然、そこに生き物の影はない。細菌くらいは多少、生き残っていたかもしれないが、栄養に乏しい冷たい水が湛えられているだけだった。そこに、いきなり魚が泳ぎ始めるわけはないし、コケ坊主が突然、立ち上がることもないだろう。

「おそらく最初はシアノバクテリア(藍藻)が、空中を飛びまわる胞子の状態で池に入ってきたんでしょう。そして水の底に薄っぺらいマット状の群集をつくった」と伊村さんは言う。

「そのシアノバクテリアが炭酸同化(光合成)で炭素を蓄え、窒素同化(注3)で窒素を蓄え、わずかなリンが岩盤から滲みだしてくるのを利用しながら、マットをゆっくりと育てていった。そこに緑藻やコケが、数千年前に後から入ってきたんだと思います」

注3)生物が大気中などにある窒素成分を摂取して、アミノ酸や核酸塩基といった生体の構成物質に変えること。

実際、シアノバクテリアのマットしかない池や湖は、南極のあちこちで見られるらしい。NHKで放映されたこともあるアンターセー湖はその1つで、露岩域よりさらに環境の厳しい内陸にある(写真6)。

この湖は1年中、氷に閉ざされていて、少なくともここ数十年から100年くらいは融けたことがないと考えられる。しかし過去に1度は、シアノバクテリアの飛びこむ機会があった。そして徐々にマットを成長させ、見た目はコケ坊主にそっくりな起伏をつくりだしている。

しかし、あまりに厳しい環境なので、コケや緑藻は育たなかった。あるいは氷に邪魔されて、入ってこられなかったのかもしれない。

昭和基地周辺の池ではシアノバクテリアがお膳立てをしてくれたこともあって、緑藻やコケばかりでなく、さまざまな細菌や菌類、微小動物なども住む世界ができあがっていった。

【写真】アンターセー湖
  写真6 氷に閉ざされたアンターセー湖

ところで、コケ坊主を主に形づくっているのは、南極の陸上によくいるコケではなかった(注4)。遺伝子を採って調べてみると「ナシゴケ」属の一種で、地球上ではほとんど知られていない珍しい種類だった(図2)。南極を除けば、南米のアンデス山中、チリとアルゼンチンの国境あたりでしか見つかっていない。しかも池の中ではなく、陸上に生えているという。それが、はるばる昭和基地の近くまで飛んできたのだ。

注4)南極を含めて世界中のどこにでも普通にいる「ハリガネゴケ」類が多少、混じってはいるが、コケ坊主全体の構造には寄与していない。

「どうして、そんなに離れたところから来たのかというと、おそらく気流の関係だと考えています」と伊村さん。

「ちょうど南米から昭和基地のあたりというのは、大気の流れるルートがある。氷床の中の埃や塵、砂粒などを調べても、南米から来ているものがあります。なので、おそらく風に乗って胞子が飛んできたんでしょう。池の底のコア(堆積物を円柱状にくり抜いて採取したもの)などを見たところ、ナシゴケ属の一種が入ってきたのは2000年前くらいで、比較的、最近のことだとわかりました」

【写真(図)】ナシゴケを描いた図
  図2 ナシゴケを描いた図。コケ坊主を構成している種とは異なる

そこから先は推測となるが、もちろん胞子は陸上か池かを選ばずに降ってきた。しかし、温帯地域のコケなので、陸上に落ちたものは定着できずに枯れていった。

一方で池に落ちた胞子は、水の底に沈んでしまえば少なくとも0℃以下にはならないし、氷の張らない水深2~3mのところなら、もちろん1年中、水分には困らない。光も夏の間は十分にあるし、窒素やリンなどの栄養塩も、池の底を覆うシアノバクテリアのマットには十分、蓄えられている。するとコケはもともと水陸両生なので、そこに定着できたのではないかと伊村さんは想像している。

それにしてもアンデス山中の特定の場所から、昭和基地の周辺へと、ほとんどピンポイントに運ばれたというのは実に不思議だ。