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南極に現れた「ダーウィンの池」

生命1.0への道 第13回

「生命とは何か」について、合成生物学と呼ばれるジャンルで「神」に挑むかのような研究を続ける人々を紹介しながら考えてきたこの連載も、いよいよクライマックスが近づいています。

絵・米田​絵理

今回は原点に立ち戻り、あらためて「生命の起源」について、違う角度から考えてみます。約40億年前の生命誕生の現場を彷彿とさせる場所が、現在の地球上にもあるのです。そこで見つかったなんとも不思議な「生きもの」と、その発見者が今回の主役です。

この連載も次回からは、いよいよ最終章に入っていく。科学だけでは捉えきれない「生命」の側面についても、なるべく率直に論じてみるつもりだ。

その前に、ちょっと振り返りの意味も兼ねて、久しぶりに広々した風景を眺めてみたい。第7回以降、お見せしてきたのは、おおむね実験室の中や顕微鏡下の景色ばかりだった。若干、息苦しさを感じていた読者も、いるのではないだろうか。また第11回第12回では、ちょっとドキッとするような研究の話があったかもしれない。

今回は気楽に読んでいただいて大丈夫である。ホラーっぽいところは全くありません。

原始的な地球環境にリセットされた大陸

約40億年前ともいわれる生命誕生時の原始地球環境が、どんな世界だったか、まだ研究者の間でも完全なコンセンサスは得られていない。大気組成だけをとってみても、酸化的だったのか還元的だったのか、あるいはどちらでもなかったのか、議論の余地は残されている(第1回参照)。

しかし、ほぼまちがいなく今とは大きく異なっていた。少なくとも我々のような多細胞のデリケートな生物が、気楽に住めるような状態ではなかったはずだ。

そのような原始地球の片鱗を今に伝えている場所として、よく挙げられるのは海底熱水噴出域である(第1回第3回参照)。深海なので水圧が高く、水が液体でいられないほど高温だったり、逆にひどく冷たかったりする。現生生物には猛毒となりうる硫化水素が、噴きだしているところもある。

   第1回から第3回はこちら        
 ● 第1回 「がらくた生命」または「生命0.5」
 ● 第2回 「母なる海」は都市伝説か?
 ● 第3回 ダークホースかもしれない隕石衝突

最近では陸上の温泉(火山)地帯や干潟のような環境も、生命誕生の場としては有力候補だ。熱水噴出域ほど過酷ではないかもしれないが、火山地帯であれば有毒ガスも出ているし、水たまりはpHが極端に高かったり低かったりするかもしれない。陽を遮るものがないから、紫外線の影響は強いだろう。たまに訪れて遊ぶにはいいが、いずれも喜んで住み続けたいと思える場所ではない。

同じように極端な環境で、原始的な地球に似た面があるかもしれないと思わせるのが南極大陸だ(写真1)。まず頭に浮かぶ「寒い」という環境条件は、あまり当てはまらないかもしれない。しかし、極端に乾燥した砂漠のような世界で、生き物の気配がほとんどない点は、ありえたかもしれない原始地球の風景を彷彿とさせる。実際、ある意味で南極は何度か「リセット」がくり返された世界と言ってもいいのである。

【写真】南極周辺の衛星画像
  写真1 南極周辺の衛星画像。画面のほぼ中央に昭和基地がある。下の方にアフリカ大陸のケープタウン付近、右手に南アメリカ大陸の一部、左手にオーストラリア大陸の一部が見える。

2億年以上前、ゴンドワナという超大陸の一部だった南極は、熱帯から温帯の暖かい気候に恵まれていた。当然、多くの生物が繁栄しており、恐竜も闊歩していた。それは現在、化石として確認できる。

約3500万年前までに南極はゴンドワナ大陸から切り離されて南へ移動し、ぐるぐると周囲を巡る海流(南極還流)に遮られて温かい海水が届かなくなった。このため寂しく冷えていき、500万年前くらいからは完全に氷床(積雪が次第に厚くなって氷に変化したもの)で覆われてしまった。

氷床は「大陸氷河」とも呼ばれる通り、長い目で見ると移動している。このため南極の表面を生命ごとゴリゴリゴリと削り取って海に押し流し、まっさらな大地にしてしまったのである。氷期が訪れるたびに、これがくり返されて、少なくとも高等な動植物は、ほぼ住まない世界となった。(注1)

注1)ペンギンなどの鳥は、夏の間に陸上で繁殖はするものの、基本的には海に暮らしている。

氷床が完全に覆ったといっても多少、後退したりはする。最終氷期が終わって比較的温暖な気候になった1万年前くらいから、夏の間だけは氷が溶けて地面が現れる場所もできるようになった。といっても全体の数パーセントに過ぎない。日本の昭和基地周辺も、こうした「露岩域」に当たる(写真2)。

このリセットされた、まっさらな土地に現在、生態系が「再構築」されようとしているらしい。その過程には、原始地球に「初めて」生態系と呼べるものができていったときと共通する現象も、起きているのではないだろうか。
そこで南極へ7回も行ったことがあるという生物学者に話を聞いてみた。

【写真】露岩域の風景1
【写真】露岩域の風景
  写真2 荒涼とした南極の露岩域の風景。陸上の植物としてはコケや地衣類、藻類くらいしかいない。動物もダニ、トビムシ、線虫、クマムシ、ワムシといった、小さいものばかりである(提供/伊村智氏)