50年間続いてきたカトリック教会「性的児童虐待」の深い闇

なぜ教会は対応を誤ったのか
森本 あんり プロフィール

なぜ教会は対応を誤ったのか

こうした虐待の事実にも増して人びとの憤激を買ったのは、教会当局がそれを把握していながら隠蔽し、多くの加害者をそっと別の教会に異動させてしまった、という点である。これではまるで、オオカミを羊の中へと解き放つようなものではないか。

なぜそのような愚かで危険なことをしてしまったのか。以下にその背景を3点にわたってもう少し掘り下げておこう。

1. 教会の聖職者は、教派によって着任への道筋が異なる。

多くのプロテスタント教会では、牧師本人と教会とが直接契約を結んで着任するが、カトリック教会の司祭は、上長である司教の任命で離着任する。同じ教会に長く留まる司祭もいるが、たいていは一定期間で転任する。

虐待の相談を最初に受けるのは、同僚の司祭だろう。仲間の罪業を知らされたとき、彼らはどのように振る舞うだろうか。いきなり教会の外に出てそれを警察や司直の手に委ねることはしないだろう。

自分一人で問題を解決できないと判断すれば、次には上長たる司教に伝えて判断を仰ぐ。カトリック教会の聖職者は、厳密な上下関係の秩序に生きているからである。

 

実は教会の指導者たちも、まったく何の対応も取らなかったわけではない。

加害者の司祭を別の教区へと異動させる場合にも、まず専門のカウンセリングへと送り、精神科医による「業務復帰しても心配なし」という診断を得た上で再任していたのである。教会の弁明によると、当時はこれが一般に認められた対処方法だった。

ごく最近まで、精神医学界の常識では、性的な問題行動を起こした人でも、カウンセリングを受ければ治癒して通常の業務に復帰することができる、と考えられていたのである。

教会だけではない。公立学校やボーイスカウトも、この同じ常識に従って同種の加害者を同じように処理してきた、という経緯がある。

〔PHOTO〕gettyimages

2. もう一つの鍵は、告解の秘密性である。

これらの犯罪行為の多くは、被害者にせよ加害者にせよ、おそらく最初は教会の告解室などで相談され告白されたものと思われる。そこで交わされた話の内容は、聖職者が職業上知り得た秘密として、他人に開示することが禁じられている。

「告解」ないし「告白」は、カトリック教会が認める7つのサクラメント(秘跡)の一つだが、相談者は「秘密が絶対に守られる」という前提があってはじめて、深刻な罪の告白や告発ができるからである。

これは聖職者の秘匿特権と呼ばれるもので、教会法に定められているだけでなく、弁護士や医師などと同じく、多くの国の国内法や州法でも認められている特権である。

だが、さすがにこれではまずい、ということも明らかになってくる。

ボストン・グローブ紙の大規模報道の後、マサチューセッツ州では、子どもの虐待が疑われる案件に関しては、聴聞した司祭も必ず司法機関に通報しなければならない、という法律を成立させた。

最近では、医療従事者やカウンセラーにも同様の義務が課されるようになったが、対象は子どもだけでなく、老人や心身に障害をもつ人など、弱い立場にある人びと全般である。

その後こうした法律は、程度や定義の違いこそあれ、各国各地で制定されるようになった。