50年間続いてきたカトリック教会「性的児童虐待」の深い闇

なぜ教会は対応を誤ったのか
森本 あんり プロフィール

通俗的理解は正しいか

これはアメリカで行われた調査の一例にすぎず、実際の被害数はさらに大きいことも容易に想定できるが、問題の構造を見るには十分に大きなデータである。2011年には、同じ大学の協力を得て追加の調査と分析も行われた。

これらの数字をどのように解釈したらよいのだろうか。

カトリック司祭の数は、調査時に全米で10万人以上いたので、逮捕された100人はその約0.1%に相当する。

この比率は、米国の一般男性と比べてけっして高いわけではない。といってもちろん、聖職者が一般男性と同じレベルでよいという話でもない。

比較対照をするとすれば、プロテスタント教会の聖職者、あるいは他宗教の僧侶集団であろうが、それらを大括りにした調査の数字はない。

同じアメリカ社会の中なら、カトリックよりもプロテスタントの方がましだ、と信ずる理由もない。プロテスタントの牧師は結婚もするので、問題の領域が不倫などへとさらに広がるだけである。

〔PHOTO〕gettyimages

仏教界でも、指導者たちの性的虐待は同じように問題となっている。今月報じられたところによると、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は、1990年代からそのことを知っており、「目新しいことではない」と語っている。

それでも、宗教の如何を問わず、聖職者か一般信徒か、さらには宗教か無宗教かを問わず、ある社会の中で性的な不法行為が同じように一定の割合で広がっているとすれば、通俗的な理解のいくつかは見当外れの可能性が高い、という推測はできる。

たとえば、「原因の一端はカトリック聖職者の独身制にある」という意見はよく聞かれるが、虐待と独身制との関連を示す統計的な根拠はない。

日本では特に、「キリスト教が性に関して厳格すぎるからだ」とも言われるが、これも理由にはならない。実のところ、聖書的な理解によれば、性はむしろ祝福で享受すべき善である(詳細は最近著『異端の時代』第4章を参照)。

 

虐待の多くが男児を対象としていることから、聖職者たちの同性愛指向を指摘する人もある。しかしそれは彼らが学校や教会で日常的に接するのが圧倒的に男児だったからで、同性愛指向と児童の性的虐待とを結びつける内在的な根拠はない。

むしろ統計は、1980年代になって教会にゲイの司祭が増えると、虐待件数は減少に転じた、という事実を示している。

被害者の年齢層からして小児性愛との関連性も疑われたが、実際に調べてみると小児性愛の性向を示したのは5%以下で、これも上と同じく、彼らのいた環境に因るところが大きい。

男性ばかりの神学校教育や司祭育成課程に、もっと女性のプレゼンスがあれば、防止できることがあったかもしれない。だがこれも希望的な観測にすぎず、女性がいたらいたで、また別の問題も生じよう。