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中秋の名月…だけを見ても、月見のおもしろさはわからない!

かつて人は月とともに生きていた

満月だけ見てもおもしろくない

次の満月は、9月24日になる。

いわゆる中秋の名月にあたる。

お月見のチャンスである。

古くからの伝統であるから、いまでもニュースで取り扱われる。

見上げると、天気がよければ、丸い月が見える。

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ただ、中秋の名月をニュースなどでの紹介のしかたに私は個人的には不満がある。
だいたい前日から、ときには当日だけ、「明日は(今日は)名月です」と紹介している。

なんか違う。

間違ってるとはいわないが、情緒がない。こういうニュースに情緒がなければ、意味がない。

 

そういう伝え方は、私に言わせれば、漫画の15巻めだけを渡されて、ここがすごくいいので読め、と言われているようなもののように感じる。

『あしたのジョー』の第15巻だけを突然渡され、金竜飛との戦いがすごくいいから読めと言われても、困る。それはやはり1巻から読んでの15巻であって、いきなり15巻がおもしろいからって、そこだけ見ろと言われても困る。『ワンピース』なら23巻のビビとの別れのところ、『弱虫ペダル』なら27巻インターハイ3日目山岳ゴールのシーン、ここめっちゃすごいから、この巻を読めとその1冊だけ渡されても、とても、困る。

十五夜の満月だけの紹介は、私はそれと同じように感じている。

満月だけ見ても、意味がない。金竜飛って誰、ビビの決断ってなに、小野田坂道ってどういう子なの、戸惑うのと同じである。

月見は、できればまったく月のでない新月から、でなくとも三日月、遅くとも半月から、そのあたりから見てもらいたい。そこから見ていての「満月、すっげー」なのである。日々、形が変わっているから、どんどん丸に近づいていって、そしてきちんと丸になるから、楽しいのである。

ウイスキーピークからアラバスタへ一緒に戦ったビビがいて、そして23巻のシーンがある。左手を突き出す。×がついている。また、富士山インターハイ三日目の総北高校、平坦地区で田所が引いて、ついで鳴子が引き、今泉に引かれての、最後の小野田の登りである。最後のゴールだけ読んだって、感動が薄い。どんなニュースキャスターでも、弱虫ペダルは23巻が面白いのでまず23巻を読みましょう、とは言わない。

でも月では言う。中秋の名月です、楽しみです、と言う。1巻から22巻まで読んでなくても23巻を読みましょうと言ってることには気が付いていない。月に対する愛が少ないとおもう。ニュースもできれば一週間くらい前からカウントダウンしてくれればいいのに、とずっとひそかにおもっている。月はいつも満ち欠けの物語の中にあるのだから。