元麻薬密売人の獄中告白「私をスパイとして使ったマトリを許せない」

知られざる麻薬取締捜査の実態
栗田 シメイ

更に奥村が徹底していたのは、あくまで常にSと同じ目線で接していたことだ。清水の話にも真摯に耳を傾け、時に褒めることも忘れなかった。

「奥村は私にあったとき、独身だと話していた。のちに、実は結婚していたことが分かるんですが、私がバツイチだったので、話を合わせていたんです。それすらも、その時は嫌な気がしなかった。常に私に気をつかってくれて、気取った所は一切見せなかった。私の悩みや不安も聞いてくれ、取引の後には感謝の意も伝えてきました。

『協力のおかげでこういう成果が出た、次はもっと大きな組織を狙いたいから、またお願いしたい』といった風に……。そういった気遣いや、こちらの気持ちを敏感に嗅ぎ取ることに長けており、鋭い感覚を持ち合わせていました」

先出の小林氏によれば、Sの使い方や捜査方法に関しては、麻取組織の中には明確な正解やガイドラインは存在せず、個々の裁量による部分が大きいという。一方で上司からは、捜査上の倫理観についてこれでもかというぐらい叩き込まれるという。

取材は拘置所での面接と手紙でもやり取りで行った Photo by 濱崎慎治

「麻取だけは許せない」

自身に危険が及ぶ可能性も十分考えられるなか、清水はなぜ筆者の取材に応じたのか。取材を重ねる中で、どうしてもそのことを尋ねてみたくなった。

「私は覚醒剤の取引きに手を染めたことは、心から反省しているし、後悔しかありません。ただ、どうしても“麻取”のやり方は許せなかった。自分たちは手を汚さず、利用するだけ利用して私達を切り捨てる……そんなやり方が果たして許されるのか、ということを世に訴えたかった」

覚せい剤密輸の罪に問われている清水の裁判は現在も進行中だ。公判では多くの麻薬取締官が傍聴席に陣取る姿を確認している。そこには、「清水が何を話すのか、どこまで知っているのか」と、麻取側が本件に強い関心を抱いていることを感じさせた。

 

今回の事件は、奥村個人の“愚行”と捉えられがちだが、筆者の認識は違う。関係者から、奥村の上にいる人物が、奥村に「清水をSとして獲得するように」と指示しているメールの存在を確認している。つまり、一人の捜査官が犯した捜査違反、という構図ではなく、組織的関与があったのではないかと疑わせるうえ、今後、第二、第三の奥村が出て来る可能性も十分に考えられるのだ。

本件を風化するのではなく、麻取の捜査方法の是非は改めて問われるべき問題なのかもしれない。

なお、奥村の捜査方法、Sの使い方等について厚生労働省麻薬取締部に事実確認をしたところ、「捜査に関わることなのでお答えできません」との回答があった。

清水は数度に及んだ接見の中でも、麻取の捜査方法について冷静に、かつ事細かく明かしてくれた。ただ、奥村の人格や性格に話が及ぶと、時に激昂し、抑えきれない感情を吐露する場面も散見された。

そのやり取りの中でも、奥村と清水がSと捜査官の一線を超えた関係性を築いていたことは充分に感じ取れた。

「もし許されるなら……私を利用するだけ利用して切り捨てた奥村を直接裁きたい」

麻取捜査官に裏切られた元Sの決死の告白が、今も脳裏から離れない。

(文中敬称略)