泣けるという宣伝が苦手な私が、いまさら『キミスイ』にハマった理由

よくある難病ものかと思ったら…
中川 右介 プロフィール

近代が生んだ最大の問題を乗り越える

「君」と呼びあうこと、自分たちは「仲良し」だとクラスメートたちに対し宣言することで、2人は、「男女間に友情はありえるか」という近代以降の男女が抱えてきた問題を、簡単に乗り越えてしまう。

とはいえ、周囲、つまり他のクラスメートたちにはその「仲良し」が理解できないので、大小のトラブルが発生する。

まだまだ、大人の男女の「仲良し」が理解されるまでには先は長そうだ。

映画は、春樹の12年後も描かれ、彼は母校の高校の教員となっている。図書委員の男子生徒がいて、彼に好意のあるらしい女子生徒がいろいろとアプローチをしかけるが、男子は戸惑う。春樹は「彼女は、仲良しになりたいんだよ」と男子生徒に助言する。

これによって、「仲良しの高校生男女」が、春樹と桜良だけの特殊事情ではなく、普遍化とまではいかなくても、「よくある関係」になりそうな予感を提示して終わる。

以上、解説めいたものを書いてみた。

最初にことわったように、かなりネタバレはしているが、最大の衝撃については触れていないので、これから見てみよう、読んでみようという方も、安心して(?)いい。必ず、驚くはずだ。

というわけで、とりあえず『君の膵臓をたべたい』が、よくある「お涙頂戴の難病もの」ではないことだけは、分かっていただけただろうか。

「難病もの」が悪いとは言わない。そういう「泣かせる物語」を必要とする人も世の中にはたくさんいる。だがやはり、「難病もの」は低く見られているのも事実だ。

テレビで映画『君の膵臓をたべたい』を見てから、SNSに書いたり、実際に会った人には、「これは名作だよ」と言ってすすめているのだが、ほとんどが見てもいないし読んでもなく、騒いでいる私を、怪訝そうに、あるいは冷淡に眺める。

アニメファンのある友人だけが、その立場からアニメを見る前の予備知識として実写映画を見たそうで、そのよさが分かっているくらいだ。つまり、いまの私には彼しか語り合える人がいない。『シン・ゴジラ』や『君の名は。』とはまったく異なる。

300万部のベストセラー、35億円の興行収入の作品を、知人・友人のほとんど(その多くは出版などのメディア関係者なのに)が知らないというのも、珍しい。

つまり、「泣ける」「難病もの」という誤解から、この映画と小説を敬遠しているのだと、改めて知ったのだ。かくいう私が1ヵ月前までは、見向きもしなかったのだから、当然である。

『君の膵臓をたべたい』が、「泣ける」「難病もの」ゆえに売れていることを否定はしないが、それだけではない。

山内桜良と志賀春樹を「究極の草食系カップル」と解釈して社会学的に「近頃の若者」を分析するのもできそうだが、それもつまらない。

とにかく、何か深層部での大きな変化を感じる。それが何か分からない。

だから、また見たくなる。