インフレ目標不達の「日銀量的緩和」そろそろ後始末に入る時期

「景気後退期」に備え金利操作回帰を
竹中 正治 プロフィール

異なる2種類のマネー

次に異なった2種類のマネーの区別をすることが重要だ。通常私達がマネーと呼んでいるのは、日銀券と企業や個人が民間銀行に預けた流動性預金(当座預金、普通預金)であり、双方の残高の合計は通貨供給量(マネーストック)と呼ばれる。

一方、日銀が直接操作できるのは、民間銀行が日銀に保有している日銀当座預金残高だ。日銀券発行残高と日銀当座預金残高の合計はベースマネーと呼ばれている。

日銀が民間銀行から国債などを買うと、代金は民間銀行が日銀に保有する当座預金に振り込まれ、その残高が増える(ベースマネーの増加)。

しかし、そのこと自体によっては紙幣発行残高も、民間銀行に預けられた預金残高も増えない。つまり通貨供給量は変わらないので、物価への影響もゼロである。法定準備を越える部分の日銀当座預金残高が「ブタ積み」と俗に呼ばれる理由である。

では何が起これば通貨供給量が増えるのか。それは民間の企業や個人が銀行からの融資を増やす場合だけだ。

例えば私が銀行から住宅ローンを5000万円借りると、銀行はそのバランスシートの資産サイドに5000万円のローンを計上し、私の普通預金(銀行の負債サイド)に5000万円入金する。5000万円は住宅購入の支払いとして私の普通預金からは引き落とされて消えるが、住宅販売会社の普通預金に入金されるので、銀行業界全体としては預金が増える。通貨供給量は銀行のローンと預金の両建てでのみ増えるのだ。

実際、2012年12月から18年8月までの期間で見ると、マネタリーベースは3.78倍に急増しているが、通貨供給量は1.22倍(年率3.5%)の伸びにとどまっている。

 

量的金融緩和が働く3つの経路

以上の通り、日銀の民間銀行からの国債購入は、それ自体では通貨供給量を増やさないにもかかわらず、ゼロ金利下でも金融緩和効果が生じる(通貨供給量が増えて物価の上昇が起こる)と考えるのはなぜか。それには3つの経路が想定されている。

第1は時間軸効果(フォワード・ガイダンス)と呼ばれるもので、中央銀行が短期政策金利のゼロ金利を長期に維持するとコミットすることで、長期金利が低下する。それを受けて住宅や設備投資目的の長期借入が増え、景気を押し上げると同時に通貨供給量も増える。

第2はポートフォリオ・バランス効果と呼ばれ、中央銀行が国債や証券化債券(米国の場合)を大規模に民間から買い上げると、民間の金融資産ポートフォリオが変わり、民間資金が社債や株式、外国証券にシフトする。

その結果、社債利回りの低下、株価上昇、自国通貨下落(円安)が生じる。株価上昇は資産効果による消費増、自国通貨安は輸出増や企業収益増加につながる。

第3はアナウンスメント効果で、「中央銀行がインフレ2%を目標に大胆に動くのだから、インフレになるだろう」という民間経済主体の期待を醸成することだ。

「期待インフレ率」が上がると、先に示したフィッシャー方程式に従ってゼロ金利下でも実質金利が低下する。その結果、民間経済主体が借入れを増やし、設備投資や消費増に動くという経路である。

これまで行われた量的金融緩和効果の実証諸研究によると、第1と第2の経路はある程度働き、景気浮揚効果があると概ね判断されている。議論が分かれるのは第3のアナウンスメント効果だ。

これは「中央銀行の物価目標達成を多くの経済主体が信じるなら物価上昇が実現する」という予想の自己実現的な色彩が強い。そのため当初から偽薬(プラシーボ)効果とも呼ばれ、一時的には効果があるかもしれないが、その持続性には懐疑的な声が多かった。