「新潮45」はなぜ杉田水脈を擁護するのか?差別と偏見に満ちた心理

議論によって正すのは難しいが…
原田 隆之 プロフィール

偏見に満ちた特集記事

中身のない文章の寄せ集めとは言ったが、どの記事にも「偏見」があふれていることだけは確かである。

たとえば、「新しい歴史教科書をつくる会」の藤田信勝副会長は、杉田の用いた「生産性」という言葉に批判が集まっていることを取り上げ、

杉田氏は「子どもを持たない、もてない人間は『生産性』がない」などとはどこにも書いていない。
杉田氏は「子供を持たない、もてない人間」一般のことなど論じていない。

と述べている(物書きならば、漢字表記くらい統一してほしいものだ)。そして、そのすぐ後に、

LGBTの人たちについて、「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がない」と位置づけられる、というだけのことだ。

と書いている。もう何が何だか支離滅裂だ。

 

「杉田は生産性がないなど言っていない」と述べながら、そのすぐ後に「杉田は生産性がないと言った」という引用をしているのだから、わけがわからない。

それに、もちろん誰も杉田は、「子どもを持たない人一般」のこと論じているなどとは思っていないし、子どものない人々一般を貶めたといって批判されているのではない。「LGBTには生産性がない」と言ったことが批判されているのだ。

このピンボケぶりには呆れるほかない。

さらに、「『生産性』という言葉は、マルクスも上野千鶴子も使っている。デモ隊は上野の事務所にも回らなければならなかったはずだ」などという幼稚な議論に至っては、子どもの喧嘩かと思うほどの論理の粗雑さだ。

〔PHOTO〕iStock

しかし、これでもまだましなほうで、ネット上でも恰好の「ネタ」にされているのは、小川榮太郎という人(文藝評論家と書いてある)の記事だ。

そこでは、「テレビで性的嗜好をカミングアウトする云々という話を見る度に苦り切」ると述べながら、その本人が「私の性的嗜好も曝け出せば、おぞましく変態性に溢れ、倒錯的かつ異常な興奮に血走り、それどころか犯罪的であるかもしれない」などと、聞きたくもない「カミングアウト」をしている始末である。

まず、彼の記事は基本的な無知にあふれており、たとえば「性には生物学的にXXの雌かXYの雄しかない」(XXYやXYYもある)、「(トランスジェンダーについて)こんなものは医学的、科学的概念でもなく、ましてや国家や政治が反応すべき主題などではない」(れっきとした医学的、科学的概念である)、「ましてレズ、ゲイに至っては!全くの性的嗜好ではないか」(この人の変態趣味とは違って、これらは嗜好ではなく「指向」、生物学的な方向性であり、生き方の問題でもある)、など数え上げればきりがない。

素人がいい加減な知識を基に書くからこうなるのであって、一言でいえば、醜悪な偏見の寄せ集めである。