科学の最先端を走る医者たちでも逃れられない「古臭いしきたり」とは

覆面ドクターのないしょ話 第32回
佐々木 次郎 プロフィール

「ご」と入力すると「御高診、御加療〜」と変換

では、これから文面の各論に移る。

話が前後するが、宛名と差出人を見ていただきたい。依頼先の医者が佐々木次郎先生ならば、その名前の次に普通「侍史(じし)」と書く。侍史の「じ」は、「待(まつ)」ではなく「侍(さむらい)」の「じ」である。これは「脇付け」と呼ばれる添え書きの一種で、「机下(きか)」と同様のものだ。相手に対して敬意を示す表現である。もともとは、

 

「直接渡すのを遠慮して祐筆を通じて差し上げる(大辞泉)」

という意味である。現代風に言えば、「直接お渡しできませんので、秘書さんを通してお受取り下さい」という感覚である。いや、これも単なるしきたりなので、語源などを考えている医者はいないだろう。「御侍史(ごじし・おんじし)」のように「御」を付ける場合も多いのだが、脇付けの「侍史」自体に尊敬の意味が込められているので、「御」は不要だという意見もある。

ここで皆様にお聞きしたい。「侍史」などという古臭い脇付けを会社でも使っている方はいらっしゃるのだろうか? 科学の先端を走る西洋医学なのに、病院には今もなお「和のしきたり」が旧套墨守(きゅうとうぼくしゅ)のごとく残っているのである。良いのやら悪いのやら……。

再度例文を見ていただきたい。左側に宛名を書いたら、通常は右側に署名をする欄が設けられている。

ただ単に「呼吸器内科 宮本武蔵」だけでもよいのだが、丁寧な医者は、自分の名前の後に「拝」と書く。手紙の書き方の一つで、署名の下に「拝」と書くことにより、相手への敬意をここでも示すことができる。「拝」まで書くと、「おぬし、できるな」という印象を持たれ、結構カッコいい。

次に、一番大切な用件を依頼先に伝えるのだが、注意点がある。

「他科の診断名を断定的に書かないこと」

これも一つの礼儀である。

例文のように、呼吸器内科で肺の検査をしたとする。肺には異常がなかったが、胆嚢の中に石が見つかった。

「胆嚢内に結石と思われる所見が見られます」

胆嚢内の結石って「胆石」に決まっているじゃないか! そんなの研修医だってわかるよ! にもかかわらず、宮本武蔵先生は、なぜ診断名を書かなかったのか?

もしも

「胆石があるので手術が必要と思われます」

などと書いたら、依頼された側はどう思うだろう?

「胆石とか手術とか、決めるのは外科の仕事だ!」
「そこまで断定するなら、依頼なんかしないで自分で治療しろ!」

と相手の機嫌を損ねるおそれがある。以上のことをおもんぱかって、他科の診断名は断定的に書かないのが礼儀であると昔は教育された。最近はあまり守られていないようだが……。

「しきたり」というのは、他人の機嫌を損ねないためにあるものが多いかもしれない(photo by istodk)

文章の締めくくりには、

「御高診、御加療のほどお願い申し上げます」

と書く。「高診」とは辞書に載っていない言葉だが、文字通り「高い」見識で「診断」してください、という意味である。加療=治療。そして「御高診」と「御加療」は必ずセットで使う。だから私のPCには「ご」さえ入力すれば「御高診・御加療のほどよろしくお願い申し上げます」と変換されるように単語登録されている。

最後に次の表現を用いる医者もいる。

「平素より御高配を賜り、厚く御礼申し上げます」

「高配」とは「相手の心配り」を意味する尊敬表現である。つまり「いつもボクに患者さんを紹介してくれて、ありがとね」という意味である。

私は過日、患者さんを他院のある循環器専門医に依頼した。紹介状の返書の末尾に、私に対してこの「高配」という表現が用いられていた。市井の一医師に過ぎない私に尊敬表現を用いるなんて、さぞ、教養のある礼儀正しい先生に違いない。後日、学会でこの先生をお見かけし、挨拶してお礼を述べた。

「診ていただいた患者さん、あとは足の治療ですね」
「それ、ボクの専門じゃないし」
「何科の先生が診てくださっていますか?」
「わかんない。心臓はやることやっちゃったし。ボク、もうやることないんだよね」

文面とは異なり、とても横柄な医者だった。やはり、「侍史」も「拝」も「高配」も、全然心がこもっていない、単なる「しきたり」だったんだなぁ……。