科学の最先端を走る医者たちでも逃れられない「古臭いしきたり」とは

覆面ドクターのないしょ話 第32回
佐々木 次郎 プロフィール

初めてでも「いつもお世話になっております」

さて、その「他科依頼」だが、依頼の仕方は、不思議なことに日本全国どこの病院でも、ほぼ同じ形式でやり取りされている。まず、例文を御覧いただきたい。呼吸器内科の宮本武蔵先生が、外科の佐々木次郎先生へ依頼したとしよう。

外科 
佐々木次郎先生 侍史

2018/09/01

呼吸器内科
宮本武蔵 拝

患者名:細川忠利様、60歳・男性
病名:①慢性咳嗽 ②胆嚢内結石

いつもお世話になっております。
この度、慢性咳嗽を主訴として当科に精査目的で入院した患者さんです。
胸腹部CTを施行したところ、胆嚢内に結石と思われる所見が見られます。
貴科的御高診・御加療のほど、よろしくお願い申し上げます。平素より御高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

単語の解説
慢性咳嗽(がいそう)=しつこい咳
主訴=患者の訴えの主要なもの
当科=うちの科
精査=精密検査
胆嚢=肝臓の下にある胆汁を貯留する袋
結石=体内でできた石
貴科=あなたの科
(御高診・御加療・御高配は後述)

読者の皆様、驚かれましたか? 医者は死語みたいな言葉を後生大事にして、今でもこんなに古臭い文章を書いているのです。私が調べ得た限りでは、この形式は医療関係者に特有のものであるらしい。

まず、書き始めは必ず、

「いつもお世話になっております」

なのだ。特に意味はない文言だが、十中八九の医者が使う。

紙カルテだった時代のこと。ある病院で、様々な診療科から、

「このフレーズを書くのが面倒くさい」

という意見が寄せられた。そこでこの病院では、1行目に「いつもお世話になっております」と既にプリントされた依頼用紙が用意された。

当初の評判は上々だったが、あるときから、どこからともなく不満が出てきたのである。

「ちゃんと手で書けよ」
「依頼者側の誠意が見られない」

というのだ。

最初の私のエピソードのように、「いつもお世話になっております」と手書きすることで、わずかな誠意が相手に伝わるのであろうか? 一筆「いつもお世話に~」と書いてあれば、

「しょうがねぇなぁ。診てやるか」

という気にもなる。この言葉は、お互いに角を突き合わせている医者たちにとって一種の緩衝剤なのかもしれない。

「手書き」は、使い方によっては威力を発揮するツールである(photo by istock)

例文は、同じ病院内で患者さんを別の科に依頼する場合だが、他の病院に患者さんを依頼することもある。この場合も形式は同様だ。興味深いことに、初めて依頼する病院でも、書き出しは「いつもお世話になっております」である。初めて行ったラーメン屋で「毎度あり~」と言われるようなものだ。

たとえば、ある人が、たまたま東京に出張している間にけがをして、病院で治療を受けたとする。治療の途中だが、明日、居住地の大阪に帰るという。まだ治療を続ける必要があるなら、主治医は治療経過を書いた紹介状を用意してあげるのが親切である。大阪の病院に依頼をするのも初めてで、今までお世話になんかなったことがなくても、書き始めは、

「いつもお世話になっております」

と書くのである。おかしな表現だが、診療中は多忙だ。書き出しをどうすればいいか一瞬悩んでも、

「まぁ、いいや」

そう思っていつもこう書いてしまう。やはり便利で差しさわりのない表現なのだ。