百年に一度の発明…ゲノム編集技術「クリスパー特許」の気になる行方

法廷闘争はなぜここまでこじれたのか
小林 雅一 プロフィール

内部告発メールの存在

その点はダウドナ、シャルパンティエ博士らも恐らく承知しているはずだ。しかし彼女たちが心情的にどうしても許せないのは、ジャーン博士が(恐らくは)ダウドナ氏らによる2012年の論文を参考にして(後に特許化される)クリスパー技術を開発しておきながら、それを頑として認めないことだ。

これまでジャーン博士は「クリスパーはあくまで自分たちが独自に開発した技術であり、ダウドナ氏らの研究成果に先んじている。それを証明する実験ノートも存在する」と主張してきた。

ところが「実際はそうでない」とする内部告発のメールが、2015年2月にダウドナ教授宛てに送られてきた。メールの送り主は、かつて2011年10月から翌年10月までブロード研究所のジャーン博士の研究室で、ゲノム編集の技術開発に関わっていた中国人留学生だ。

このメールによれば、ジャーン博士ら研究室の主要メンバーは当初「TALEN」と呼ばれる別種のゲノム編集技術の研究に没頭していた。しかし2012年6月にダウドナ氏らが発表した論文を読むと、慌ててクリスパーに飛びつき、この研究に取り組み始めたという。

 

もしも本当に、その通りだとすれば、ジャーン博士ら(ブロード研究所)が開発したクリスパー特許技術は、そもそもダウドナ教授ら(バークレイ校)の研究成果が無ければ生まれていなかったことになる。

バークレイ校は、このメールを裁判の証拠文書として提出した。これをPTABや連邦控訴裁の判事らがどう受け止めたかは確かな形では分かっていない。が、一連の審理を傍聴していた米国人ジャーナリストの感触では、判事らは(恐らくは)「このメールに書かれていることは辻褄が合う」と見ていたようだ。

つまりジャーン博士ら(ブロード研究所)が独自に開発したとされる技術は、実はダウドナ氏ら(バークレイ校)による基礎研究の成果をベースにしていると判事は内心で認めていたようだ。

それなのに何故、クリスパーの基本特許をブロード研究所側に与える事にしたのか? それには以下のような背景・理由がある。

ダウドナ氏自身も認めていた

一連の裁判を通じて、バークレイ校側の弁護士は次のように主張してきた ―― 「ダウドナ教授らが『試験管内に分離されたDNAを狙った箇所で切断(操作)する技術』を開発した時点で、これをヒトやマウスなどの生きた細胞に応用できることは自明だった。それはどんな平凡な科学者でも(ある程度の時間をかければ)やれることなので特許に値しない」と。

ところが当のダウドナ教授自身が、この弁護士の主張と矛盾する発言を以前にしていた。

2012年6月の論文を発表してから間もなく、彼女は公の場で「我々の研究成果を(ヒトやマウスなど)真核生物の細胞へと応用することに手こずっている。これを成し遂げられるかどうか確かではない」と述べていた。

つまり、それはとても難しいことで、決して「どんな平凡な科学者でもやれること」ではないと、ダウドナ氏自身が以前に認めていたことになる。

そしてPTABや連邦控訴裁の判事らは、この発言をあらかじめ承知していた。だから、それとは異なる主張をバークレイ側の弁護士がいくら展開しても、これに耳を貸すことなく、その「難しい事(ヒトやマウスの細胞への応用)」を成し遂げたジャーン博士ら(ブロード研究所)にクリスパー特許を与える判断を下したのだ。

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