不倫問題で集中砲火を浴びた私が「今」ホスト小説を書いた理由

私もレッテルを貼られている
乙武 洋匡 プロフィール

明文化されていない「量刑の基準」

この下駄とは一生付き合っていかなくてはならない。そんなあきらめにも似た思いを抱いていたが、二年半前に決別する機会が訪れた。プライベートなことで世間から不興を買い、集中砲火を浴びた。このこと自体、申し開きできることはつゆほどもないし、またするつもりもない。多くの方々に迷惑をかけてしまったことは事実であるし、とても申し訳なく思っている。

ただひとつ、改悛の情とはまた別の次元で、当時から抱いていた思いがある。批判を承知でここに吐露させてもらうとすれば、「私刑とはじつにいい加減なものだ」ということだ。

 

この年、私と同様に週刊誌のターゲットとなった著名人は数多くいた。しかし、その扱われ方は様々で、まるで何事もなかったかのようにメディア出演を続けていた人物もいれば、その後の人生設計に大きな変更を余儀なくされるほどのバッシングに遭った人物もいた。その量刑の基準は明文化などされておらず、すべてが世間のさじ加減に委ねられていた

この“さじ加減”は、言ってみればギャップの大きさに強く影響されていたように思う。「いかにも」と思われていた人物ほど傷が浅く、「意外だ」と思われていた人物、言い換えれば「誠実」「清楚」などのイメージを付与されていた人物ほど火柱が高く上がった。犯した罪の重さは同じでも、与えられる罰の重さは人それぞれだった。

私は、後者に属した。人々の抱くイメージが「清く正しい乙武クン」だったのだから無理もない。これまで長年にわたって履いてきた下駄を脱がされ、そしてその下駄で思いきり頭を殴られた。私が履いていたのは硬くて重い鉄下駄だったことを、そのとき初めて知った。

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