「iPhoneを改良し続けなければならない」理由
アップルはなぜ、このような決断をしたのか?
それは、CPUで実現される一般的な意味での「動作速度」だけでは今後、より快適で魅力的なスマホをつくるのが難しくなっているからだ。
スマホの登場から10年が経過し、使い方はかなり決まり切ったものになっている。読者のみなさんのほとんどが、写真を撮り、SNSでコミュニケーションをし、ウェブを閲覧するといった固定的な使い方をしているのではないだろうか。
過去10年間の進化で、これら一般的な用途については、スマホは必要十分な性能を備えるようになった。ここ2年のあいだに最新のスマホを買った人で、「動作が遅くてイライラする」などの不満を感じている人は、ほとんどいないだろう。
「一部のゲームの動作が遅い」と思う人はいても、かなり少数に留まるのではないか。
アップルは、iPhoneの売り上げに依存している企業だ。iPhoneの買い換えが進まなければ、将来の成長は望めない。
だからこそ、「今までのスマホではできないこと」「従来のスマホよりも便利なこと」を生み出し続けていく必要性と必然性がある。
そのために用いるのが、Neural Engineによるマシンラーニングなのである。
機械学習ならではの機能
今回発表された新型iPhoneは、カメラの性能がアップし、撮影能力がさらに高くなっている。センサーの能力が向上したことも一因ではあるが、撮影能力が大幅に伸びた理由の大半は「ソフト」の力、特に、マシンラーニングによって実現されている。
たとえば、ポートレート撮影等では、背景を自然に「ぼかした」写真を撮りたいという機会は多い。スマホのように小さなレンズとセンサーしかもたないカメラにとって、この「自然にぼかす」撮影は苦手な処理のひとつだが、現在のiPhoneにはそれができる。
特に、最新機種のiPhone XS/XRシリーズでは、ボケ味が非常に美しいなものになった。しかも、撮影後に「ボケ方」を調整することまで可能だ。
他社製のスマホにも同様の機能を備えたものはあるが、iPhone XS/XRのそれは、品質がきわめて高いことが特徴だ。この機能は、大量の写真から「好ましいボケ方」や人物のシルエットの特徴を学習し、その結果をユーザーが撮影した写真に反映することで実現されている。

発表会場を最も沸かせたアプリ
次に掲げる写真8に示したのは、NEX Teamの開発した「Homecourt」というアプリだ。じつは、今回の発表会で、最も多く感嘆の声が上がったデモンストレーションが、このHomecourtによるものだった。

Homecourtは、2017年に公開されたバスケットボールのシュートを練習するためのアプリだ。シュート中にコーチがiPhoneを構え、プレイヤーのようすを撮影するだけで、「シュートの成功率」「シュートする場所によって、どのくらい成功率が違うか」を可視化してくれる。
そして今回、新型iPhone専用として新たな機能が公開された。それは、撮影時に、「シュートをするプレイヤーのフォーム」や「ボールの軌跡」を自動解析する、というものだ。
投球や跳躍など、スポーツ選手のフォーム解析は、複数のビデオカメラやセンサーを用いることで、以前から可能なものではあった。しかし、多くのシステムでは、撮影後に処理を行って、解析データを確認するプロセスが必要になる。
ところがHomecourtでは、iPhoneが1台あればすむ。しかも、撮影と同時に解析まで行われるのだ。
これはまさに、マシンラーニングによる推論高速化の賜物である。
画像解析で人間のフォームを読み取るのは、マシンラーニングによる解析の得意技だ。しかし、それをCPUでやるには効率が悪すぎる。だから、効率良く高速に、しかも消費電力を抑えて使える専門家=Neural Engineの強化が必要なのである。