なぜ「いじめ」はなくならないのか?春名風花さんがたどり着いた結論

みんな「逃げろ」と言うけれど…
夏生 さえり プロフィール

自分は当事者ではなかった

「学校に関して、ぼくは本当に恵まれていました。スクールカーストというものを感じてはいたけど、どのグループにも所属しなかったし、“クラゲ”みたいにふわふわと浮かんでいるかんじでした。

だから、当事者ではないんです。でも、身近な子がいじめられていたことはありました。結局その子自身が解決したんですが、そのときぼくは何もできなくて、悔しかった。

フォロワーさんが自殺配信をしたこともありました。ある日、ツイッターで「いろいろ言ってるけど、フォロワー死んでるじゃん」ってコメントをもらって。

その子のことは知らなかったのですが、見に行ったらフォローしていたのが、ブログの管理サイトとぼくだけだったんです。『はるかぜちゃんみたいになりたい』というツイートもありました。

もっと早くに気づいていたらって思って……。どうしようもなかったかもしれない。でも、気づけなかったことがつらかったんです。結局ぼくは、誰かを救えたりはしないって思いました」

そして再び言葉を切り、彼女は語気を強める。

「でもだからと言って、何もしないのは違うと思います」

大きな声だった。先ほどまで何度も机の上をさまよっていた瞳は、まっすぐこちらを見ていた。いや私の後ろにいる多くの人たちに呼びかけているようだった。何かを見透かされたような気もした。

 

「一人ひとりのところに行くことも、話をずっと聞いてあげることもできない。でも『春名風花はこう思うんだ』って伝えることはできます。関心があるよ、こういう解決策はどうかなって伝えていく。それだけしかできなくても、そうしたいと思っています」

辛い出来事に出会ったとき、向き合い続けることもできるが、見ないふりも当然できる。多くの人はどこかで無力さを感じ「自分には変えられない」と言ってやめてしまう。なぜ、向き合い続けることができているのだろう? 

「自分がしたいから、です。ぼくは、自我という意味での『エゴ』を大事にしています。お芝居が好きだからやる。いじめが嫌いだからなくす。そういうすごくシンプルなことなんです」

彼女はいとも簡単に答えた。その口調は透き通った声と相まって、じつに軽やかだった。