「日本人」とは誰か?大坂なおみ選手についての雑な議論に欠けた視点

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井戸 まさえ プロフィール

二重国籍を容認してきた日本

ことほど左様に、例外とはいえ二重国籍を認める法律がある等、実は首尾一貫しておらず、日本における「国籍」「戸籍」に関する法整備や運用は構造的な欠陥を抱えていることは以前から指摘をされてきた。

2年前に起こった蓮舫参議院議員のいわゆる「二重国籍問題」はその一端を露にし、重要な問題提起の機会でもあったが、政局がらみに矮小化して語られてしまったことは返す返す残念だ。

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「二重国籍」は法令通りに国籍選択をする過酷さや、手続きの煩雑さ、戸籍記載といった問題を示す。

一方で、日本は国としてその努力義務を課しながらも国籍選択の時期を越えても手続きをせず、現に「重国籍の日本人」として生きている人々がいることを把握している。

が、それについては「暗黙の了解」として触れず、放置することで実質「二重国籍」を緩やかに認めてきた。

制度ができて以来、「二重国籍」であることが発覚、日本国籍を剥奪された人はひとりもいないことからも、事実上「二重国籍」を容認していたことがわかる。

だからこそ、逆にこの問題は正面からの議論や実態と乖離した法を整備するまでは至らず、今日まで来たのである。

 

多文化を背景に活躍する日本人たち

日本には大坂選手以外にも陸上のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手(父がガーナ人・母が日本人)、柔道のベイカー茉秋(ましゅう)選手(父がアメリカ人・母が日本人)等々スポーツ界を見るだけでも父と母の国籍が違い、その中で活躍をしている選手たちが続々と頭角を現している。

スポーツ界だけではない。

例えばノーベル賞受賞者をみると、元は日本国籍を持っていたものの受賞当時は外国籍となっていた人々もいる。

物理学賞の南部陽一郎氏、中村修二氏は日本国籍を離脱し米国籍を取得、文学賞のカズオ・イシグロは英国に帰化している。

偉業を成し遂げた世代の人々でも活動の幅を広げようとしたとき、国籍選択の問題とぶちあたってきたのだ。

国際的に活躍するスポーツ選手や、研究者たちも国籍等の問題に直面しているであろうことを思うと、いよいよ「日本人とは誰か」を真剣に議論すべき時がやってきているのだと思う。