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嗚呼、恐ろしや…山口真由がド肝を抜いた、人間の生々しい表と裏

わが人生最高の10冊

作家に裏切られる快感

子供の頃から本が好きでした。中学生になると子供向きの本に飽き足らず、両親の本棚から勝手に拝借して読むようになったんです。

母が好きだったのが吉本ばななさんの小説や『レベッカ』。総じて、登場人物の心情の機微を必ずしも書ききらない、善悪を含めて様々な解釈の余地を残した小説で、当時はもっと書き込んで欲しいと思ったものです。

でも大人になるにつれ、読み手に解釈の余地を残す本は何度読んでも面白いと感じるようになりました。

 

例えば「わたし」の視点で書かれた『レベッカ』には、「わたし」に関する描写はほとんどないんです。美人なのか、背は高いのか。わからないことを想像で補ううちに、読者は「わたし」の主観に入り込んでいきます。

でも、ある時点で、彼女の主観が、客観からは微妙にズレていることに気づく。その瞬間、ぱっと視野が広がるかのような快感を味わいました。

「わたし」は、夫の先妻で完璧な女性だったレベッカの影に怯えて暮らしているわけですが、それは彼女が勝手に作り上げた幻想でしかなかった。

正しいと信じ込んでいた主人公の主観に裏切られる瞬間が好きですね。そのとき、主人公に一体化していた自分がぱっと離れ、自身の思い込みや偏見にも気づかされます。

一方、父の本棚で見つけて好きになったのがフォーサイスやディック・フランシスです。母の趣味とは対照的に、描写に曖昧さを残さず、情緒より論理、主観より客観。

イコン』は、混迷するロシアに送り込まれた主人公モンクの活躍を描くスリラーです。私が好きなのは、彼がCIAで何をしてきたかという、本筋に入る前のくだり。

現場のスパイを指揮していたモンクですが、命懸けで情報を集めていた仲間は、カネに目がくらんだ上司によってソ連に売り渡されます。上司を殴ってCIAを辞めていくモンクの姿が痺れるほどかっこいい。

情緒的な主観を押しつけることなく、客観的な事実を積み上げて、主人公の「矜持」を描く。この冷静さは法律家の理想でもあります。