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# マネジメント # 企業・経営

高齢のリーダーを「老害」と叩く世の中が見落としていること

問題の本質は「年功制」にある

「老害」と「若手の力不足」は表裏一体

経済界には、70代の経営者が珍しくない。80代になっても実権を握る達者な人もいる。問題はその弊害だ。経営の改革が進まないとか、若手に出番が回ってこないとか、嘆く声が聞かれる。

長老支配は経済界にかぎった話ではなく、スポーツ界でも長老支配の実態とその弊害が表面化している。アマチュア・ボクシングをはじめつぎつぎと発覚した不祥事によって、これほど高齢の人がトップに就いていたのか、と驚かされることも多い。そして権威主義的な言動やコンプライアンス軽視の姿勢など、世間の常識とのズレにしばしば唖然とさせられる。

しかし、それらを「老害」の一言でかたづけてよいものだろうか?

 

わが国の長老支配には以前から疑問が投げかけられ、経済界、政界などさまざまな分野で世代交代の必要性が叫ばれてきた。しかし、交代してトップに立った若いリーダーが期待どおり活躍できているかというと、必ずしもそうとはかぎらない。組織をまとめきれない若手リーダーにしびれを切らし、復活した長老が器の違いを見せつけているケースもある。

「老害」も、若手リーダーの力不足も、原因は一つ。それは、やはりわが国特有の年功主義である。しかも、それが制度として定着してしまっている。この弊害にもっと目を向けるべきだろう。

企業にしても役所にしても、その他の組織でも20代、30代のうちは、いくら優秀でも責任ある地位に就けない。また、わが国には、欧米のような次世代のリーダーを育てるための英才教育を行う仕組みもない。

そのため、長老が退いて若手がいきなり高い地位に就いても、リーダーシップを発揮することができないのである。長老による不祥事が明るみに出たケースでも、かりに若手の後継者が育っていたら、無分別な長老支配を許すことはなかったかもしれない。

では、年功主義のもとで年長者は恵まれているかというと、そうともかぎらない。現実に年功主義だけでは成り立たないので、企業など普通の組織では定年制がセットになる。その結果、有能でまだまだ活躍してもらいたい人でも定年がきたら強制的に退場させられる。実にもったいないことだ。