理科のテストで小学3年生がガリレオと同じ仕打ちを受けた深刻な理由

ラボ・フェイク 第9回
伊与原 新 プロフィール

セーガン自身の人気と巧みなメディア戦略によって、「核の冬」説はまたたく間に世間に広まり、アメリカ国民はその災害の深刻さを恐怖とともに認識した。

そうなると黙っていないのが、アメリカ政府のブレーンを務めてきた御用学者たちである。物理学者のフレデリック・サイツら右派の大物数人が中心となり、保守系シンクタンク、ジョージ・C・マーシャル研究所を設立する。

[写真]SDI構想発表の場にもいたフレデリック・サイツ。ナチスドイツより先に、原爆を開発すべきだとアメリカ政府に働きかけ、マンハッタン計画の生みの親の一人でもある物理学者ユージン・ウィグナーに師事。晩年は地球温暖化懐疑論を唱え、京都議定書に反対する活動を行った(Photo by GettyImages)SDI構想発表の場にもいたフレデリック・サイツ。学生時代は、ナチスドイツより先に原爆を開発すべきだとアメリカ政府に働きかけ、マンハッタン計画の生みの親となったドイツ系ユダヤ人科学者たちの一人でもある物理学者ユージン・ウィグナーに師事した(Photo by GettyImages)

ナオミ・オレスケス、エリック・M・コンウェイ著『世界を騙しつづける科学者たち』によれば、彼らはみなNATOの科学顧問や政府の要職に就いた経験があり、反共主義かつタカ派で、核や軍事関係の研究でキャリアを築いてきた冷戦の申し子であった。

マーシャル研究所のメンバーは、ただちにセーガンらへの攻撃を開始した。「核の冬」で用いられた物理モデルは自然を単純化しすぎている。気温低下を緩和するような要素を故意に無視しており、結果に信ぴょう性はない。科学とはとてもいえない、左翼勢力によるプロパガンダである――。

こうした反論を真に受けた人々は、確かにいたらしい。セーガンはたびたび何者かから脅迫を受けるようになり、大学へは裏口から出入りする日々が続いたという。

 

もっと恐ろしいのは、マーシャル研究所が「公平性の原則」を盾に、テレビ局やジャーナリストに脅しをかけたということだ。「核の冬」について報道するのであれば、自分たちの見解にも同じだけの時間や紙面を割けというのである。

しかし、このような両論併記は、けっして公平ではない。セーガンらの研究結果については他の多くの研究者らによって批判的に検討され、(気温低下の度合いについては議論が残ったももの)結論の大筋については科学コミュニティの中でコンセンサスが得られていたのだ。

それに対し、マーシャル研究所の主張を支持したのは、ごく少数の保守派科学者だけである。こうした科学者たちは、科学よりもむしろ政治に対して忠実なのだ。彼らの主張は権力という拡声器によってばらまかれ、社会にねじ込まれていく。これこそまさにプロパガンダである。

そして今、アメリカ社会はある問題で大きな岐路に立っている。「地球温暖化否定論」だ。政界と経済界のたくらみは、国民に科学への疑いを抱かせることに成功しつつある。このうねりがアメリカ国内だけにとどまることはないだろう。大げさでなく、科学は今、危機に直面しているのだ。

次回は「地球温暖化否定論」を題材に、人々の間に広まる反科学や陰謀論、“事実”をめぐる分断について考えてみたい。

(つづく)

[書影]ニセ科学の闇に切り込むミステリ『コンタミ』ニセ科学の闇に切り込むミステリ『コンタミ』
参考文献(第8回、第9回)
「科学を疑う」ジョエル・アッケンバーグ『ナショナルジオグラフィック日本版』21巻3号 日経ナショナルジオグラフィック社(2015)
「トランプの激震」川合智之『日経サイエンス』47巻7号 日経サイエンス社(2017)
『中学社会 新しいみんなの公民』育鵬社(2012)
『ニセ科学を見抜くセンス』左巻健男著 新日本出版社(2015)
『水はなんにも知らないよ』左巻健男著 ディスカバー・トゥエンティワン(2007)
毎日新聞 東京朝刊 7月31日(2018)
『信じちゃいけない身のまわりのカガク あなたはそれで本当に健康になれますか?』渋谷研究所X、菊池誠著 立東舎(2017)
『カルト資本主義』斎藤貴男著 文春文庫(2000)
『オカルト化する日本の教育 江戸しぐさと親学にひそむナショナリズム』原田実著 ちくま新書(2018)
『科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで』三田一郎著 講談社ブルーバックス(2018)
「ニセ科学の大事件=ルイセンコ事件をふりかえる 1937〜1964年にソ連で起こったこと」児玉一八『RikaTan(理科の探検)』31号 SAMA企画(2018)
『疑似科学と科学の哲学』伊勢田哲治著 名古屋大学出版会(2003)
『背信の科学者たち 論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか』ウィリアム・ブロード、ニコラス・ウェイド著 牧野賢治訳 講談社ブルーバックス(2006)
『プレートテクトニクスの拒絶と受容 戦後日本の地球科学史』泊次郎著 東京大学出版会(2008)
『悪霊にさいなまれる世界 「知の闇を照らす灯」としての科学』(上・下)カール・セーガン著 青木薫訳 ハヤカワ文庫NF(2009)
『世界を騙しつづける科学者たち』(上・下)ナオミ・オレスケス、エリック・M・コンウェイ著 福岡洋一訳 楽工社(2011)