「おじさん叩き」は、むしろ日本のアップデートを阻む呪いである

これこそが高度成長期の呪縛だ
田中 俊之 プロフィール

正社員、子持ちでイメージされる「おじさん」

ところで、「おじさん」が叩かれているとき、そこではどんな人物がイメージされているだろうか。

たとえば、エアポートおじさんは、海外出張をするような安定した仕事に就いている男性が、インスタおじさんは、自身の見栄えを部下や家族にアピールするーーつまり、会社に勤め、家族を持った男性がイメージされているはずである。

日本の経済の足を引っ張るとして批判されているおじさんは、無意識のうちに、管理職以上の意思決定層としてイメージされている。

どうやら叩かれているおじさんはみな、正社員で、家族を持ち、力強く堂々と生きていける(はずの)能力を持った中年男性であるようだ。しかし実際のところ、おじさんと名指される可能性のある男性の中身は、多様である。それゆえ、おじさんの定義は難しい。

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年齢と性別を基準に考えた場合、子ども期、青年期、中年期、老年期という区分に従って、おじさんとは中年期の男性であると容易に定義できるように思える。ただ、現代の日本において、青年期と中年期、そして、中年期と老年期の境目は必ずしもはっきりしていない。

分かりやすい例として、仕事を基準に考えてみよう。労働政策の文脈では、非正規雇用の増加に伴って40歳未満を「若者」に分類し、支援の対象とすることがある。この区分にしたがえば、数字的には人生のおおよそ半分に達する39歳を、青年期に入れることになってしまう。

 

年金受給年齢の引き上げに伴い、65歳まで、あるいはそれを過ぎても、フルタイムで働く男性が増えている。そのため、就業の継続を基準にすれば、60歳以上を自動的に老年期に振り分けることはできない。

正社員として就職し、結婚後に子どもを持つというライフサイクルに、一定数の男性が「乗らない/乗れない」現実も厳然として存在する。

たとえば、2015年で、男性の生涯未婚率(50歳の時点で一度も結婚していない人の割合)は、23.4%とおおよそ4人に1人であり2030年には30%近くになると予想されている。40代、50代の男性がスーパーでレジ打ちをする姿は、数年前にはもの悲しさを感じさせたが、いまではその光景を「見慣れ」つつある。

実体としてのおじさんの範囲を特定することは困難だし、仮に、40歳以上65歳未満のような区分を設けたとしても、その中には、既婚/未婚、正規/非正規のように大きく立場が異なる男性が混在する。

現代の日本においては、おじさんを実体的な集団として理解しようとする場合には、同質性よりも異質性の方が顕著なのである。

しかし、前述の通り、おじさん叩きが展開されるときには、こうした異質性がすっかり無視され、分かりやすい物語が展開されてしまう傾向がある。独身で無職の中高年男性も、今にも会社を解雇されそうな男性もいるのに、真っ先に、とりあえず企業で安定した職を持っており、家族がいる男性がイメージされてしまう。

実態とイメージを混同すれば、建設的な議論はできるはずがない。また、「相手がおじさんであれば安心して攻撃できる」という感覚を蔓延させ、社会に分断を生むことにもなりかねない。

そればかりか、おじさんについての固定観念と現実が乖離することは、弊害も大きい。

たとえば、厚生労働省はフリーターを「パート・アルバイトとして働く、15〜34歳の男性と未婚の男女」と定義している。既婚の女性が外されているのは、夫は正社員で働いているという前提があるからだろう。

「おじさん」のイメージ、そしてその反転としての「おばさん」のイメージが国の政策を縛っていることがうかがえる。しかし、現代の日本では、夫婦ともに非正規ということは十分にありえるし、そうした世帯への支援は欠かせない。