いまの政権と民主党政権の、官僚制をめぐる「意外な共通点」

改革された制度はうまく動いているか
牧原 出 プロフィール

とはいえ、政と官とは、そもそもの性格が異なる。その最も大きな違いは、政党という既存のルールを破って状況を流動化させて生き延びることをも辞さない制度の体系と、官僚制というルールを守り、合理的に秩序を維持しようとする制度の体系との差異である。

ときにルールを破って新しいルールに置き換えようとする政と、ルールを守る官とは、根本的に異なる。そこで『崩れる政治を立て直す』では、政と官との関係を、政の側から企てる官の制度設計、すなわち政治による行政改革ととらえることにしたい。官が崩れかけ、それが政治の荷崩れを起こしつつある現在、これを立て直すことで、政と官との関係をどう枠づけられるかを考える。

今後問題をどう整理した上で、新しい制度を構想できるか。さらに将来問題となるであろう憲法改正とはいかなる制度改正を意味し、そこで考慮すべき点は何なのか。この枠組みで考えていきたい。

 

マイナンバーカードも裁判員制度も…

そして、もう一つ押さえなければならないのは、行政改革の特性である。『崩れる政治を立て直す』は、官についての制度設計として政官関係をとらえる理論的基礎を、「行政改革は行政の自己改革能力の改革」だとするドイツの社会学者ニクラス・ルーマンの指摘におく⑶。

初期には行政学者でもあったルーマンは、システム理論の視点から、行政を外部から全面的に変えることは本質的にできず、自ら可能な改善を支援する方向での改革のみが有効であるとみた。

ある行政をまったく別ものへと移し替えることは無理であるという現実への認識にもとづいて、行政が自らを変える論理をつかみ、それがより適切に動くよう外から働きかけるべきだというのである。

したがって『崩れる政治を立て直す』は、制度をどう設計するか、という問いかけの前に、設計された制度がどう作動しているかと問いかけ、第2次以降の安倍政権がぶつかった政と官の関係について、まずは戦後の自民党長期政権の成立、次いで冷戦終結と政治改革の始まりという地点へと歴史をさかのぼる。

これまで提唱された政治・行政の改革論では、制度設計において、広範かつ徹底的な設計を目指し、改革案を成立させることが重視された。反面、その結果としての制度がどう作動するかまではとらえきれていなかった。まずは制度を変えるというところまでしか考える余裕がなかった。改革が実現すれば、制度は作動するであろうという、かなり楽観的な想定があった。

冷戦後という新しい状況の中で、改革案を実現することが課題であり、それに対する既得権益者からの抵抗をいかにして排除するかに力点が置かれたのである。

しかし、冷戦終結から30年近く経過した現在、様々な改革が蓄積され、その後始末をどうつけるかという課題が浮かび上がりつつある。新たに改革をするにしても、これまでの改革の蓄積を相互に整理しないことには着手することすら困難なのである。

始末するのが難しい改革ばかりが積み重なっている。そこで必要なのは、こうした改革された制度がどう動いたかを見極めることである。改革案が成立した後、それはどう作動したかという観点である。

比較的スムーズに作動したものもある。だが、現在、大きな負荷となっている「お荷物案件」の多くは、作動しなかったり、作動に大きな労力がかかったりするものである。これらをそのまま無理をしながら動かすのか、ともあれ廃止してしまうのか、あるいはさらなる改善を重ねるのか。そうした選択肢に直面せざるを得ない案件がかなり多いのである。

身近な案件でいえば作動していない例はマイナンバーカードであろう。欠席者や辞退者が相当数に上る裁判員制度も同様である。

とはいえ改革案は多くの項目からなっている。それらは相互に連関してもいる。作動の開始から年月も経過している。作動の過程を改めて発掘するには、何らかの方法が必要である。