本当に「子どものため」なのか

たとえ「子どものために」我慢しても、「ありがとう」と思うのか「恩着せがましい」と思うのかはわからない。わたしが「自分のために」離婚しても、「ママが笑顔になってよかった」と思うのか「勝手なことして迷惑だ」と思うのかはわからない。親がこう思ってほしいと願うようには、子どもは思ってくれない。だったら、自分の好きにしたほうがいい。

結局、わたしは離婚を選んだ。「子どものために」をやめ、「自分のために」生きることにした。

わたし自身、離婚家庭に育った子どもだった。わたしが小学校高学年のとき、父は「女をつくって」出て行った。子ども心にも合わない夫婦だと感じていたので、わたしには離婚は必然に思えた。だから、父を恨まなかった。離婚後も会い続けるわたしに、母は「どうしていっしょに憎んでくれないの!」という言葉を投げつけた。どちらかというと、母を憎んだ。

母の気持ちはわかる。でも、ことあるごとに「女手ひとつで」を強調し、子育ての苦労を声高に語り、「子どものために再婚もしなかった」と威張ってはわたしに罪悪感を与える母が重かった。母がこう思ってほしいと願うようには、わたしは思えなかった。それが申し訳なくて、さらに母が苦手になった。  

母にとって娘の離婚は青天の霹靂で、自分の老後を託すつもりだったわたしの不始末を許さない。わたしは「変わらず面倒は見るよ」と言ったが、貧乏になったわたしでは不満なようだ。

親の愛は「無償の愛」か?

わたしは母に「辛かったね」と抱かれたかった。子どもをかばう親のような、無償の愛を感じたかった。でも母も、わたしがこう思ってほしいと願うようには、わたしのことを思ってくれなかった。

無償の愛は、親から子どもへのものではなくて、子どもから親へのものだといつも思う。わたしを含めて世間の親は、子どもに「もっと、もっと」と要求する。「もっと勉強ができたらいいのに」「もっと積極的だったらいいのに」「もっと運動ができたらいいのに」。そして、隣の○○ちゃんを見ては「あんなふうに育ってほしい」とうらやましがる。

小さな子どもは、親を無条件で慕う。隣のママと比べない。太った中年おばさんなのに「ママ、かわいい」とリボンで髪を飾った似顔絵を描いてくれたり、たいした料理でもないのに「おいしい」とおかわりしてくれたりする。

そんな子どもが3人ももてて、わたしは幸せだった。これ以上、子どもにはなにも求めない。人様に自慢できるような就職、結婚をしてほしい、老後のつまらなさを埋める孫がほしい――そんなことは望まない。その気持ちを持ち続けるには、「子どものために」をやめるしかない。

「子どものせい」にしない人生

離婚して自分を生き始めたら、子どもの人生に期待しなくなった。子どもが決めたことなら、どんな仕事についても、どんな相手と結婚しても、どこに住んでも構わない。自分が思う幸せをつかんでほしい。人は誰でも、自分の幸せを自分の責任で追求する権利があると思うからだ。

いまこの瞬間だけを切り取れば、わたしと子どもとの関係は良好だ。末娘に話した後、全員ひとりひとり時間を取ってもらい、離婚に至るすべてを話した。3人受け止め方はそれぞれで、いろいろな思いがあったと思うが、最終的には理解してくれた。愚かな母を許してくれた無償の愛には、感謝しかない。

明日のことはわからない。わたしが50歳になって反旗を翻したように、子どももいつ気持ちを変えるかわからない。「ママなんか嫌い」「勝手に離婚なんかして」と罵られる日が、これからやってくるのかもしれない。

誰のせいにもできないのは逆に幸いだ。どんな未来も真摯に受け止めようと思う。