photo istock

日本の高校生が、フィジーの高校で英語を学ぶという選択肢を選ぶ理由

日本の中学高校に馴染めない人たちへ
8月末に本欄で紹介した筆者がフィジーに作った英語学校の話(『英会話が上達するために、日本人に絶対必要なこと』)には、たくさんの反響がありました。英語を使いこなせるようになりたがっている日本人の多さを改めて感じた次第です。今回はその続編。筆者の英語学校に日本人がたくさん入学し、フィジー人の雇用にも貢献大だったことが、やがてフィジー政府の知るところとなり、なんとフィジーの国立高校の運営を頼まれることになったのです。今では日本人の高校生がたくさん留学し、卒業生は英語を武器にいい大学に入り、いい就職をしていますが、最初はかなり苦労したようで……。

割られる窓ガラスもないスクール・ウォーズ

皆さんは『スクール☆ウォーズ』というドラマをご存知でしょうか? 1984年にTBSが放映を開始し、一段旋風を巻き起こした学園スポ根ドラマです。46歳の僕と同年代付近の方々であれば、きっと記憶に残っている名作だと思います。

ドラマは、不良ばかりが通う高校に、山下真司さん演じる熱血教師が赴任して、ラグビー部の活動を通して学校改革に尽力するというストーリー。京都の伏見工業(1980年に故・平尾誠二主将のとき全国初優勝)を超強豪校にした山口良治元監督が熱血教師のモデルです。

実は、僕もラグビーを使って、ある高校を立て直しました。

 

『スクール☆ウォーズ』では、学校は不良の巣窟となり、校内暴力はひどく、窓ガラスが不良たちによって割られていました。

でも、僕の高校では事情が少し違いました。高校には改築や修繕の費用もなく、屋根は雨漏り、水道は蛇口をひねっても水も出ず、やる気を失った先生たちの態度は、生徒たちにも伝染していました。

正直、割られるような窓ガラスなんてなく、そこにあったのは窓枠だけでした。

ボロボロだった校舎が・・・・・・

僕が、フィジー共和国の政府から、その国立高校の理事長就任を依頼されたのは2009年のことです。英語のみを公用語とするフィジー共和国で2004年にスタートした対非英語圏の学生たち向けの英語学校の経営が大成功し、僕はフィジー政府から学校の経営者として高く評価されていました。

フィジー政府からの依頼は、資金難により運営継続すら危うい底辺校を立て直してほしいというもの。当時、僕の英語学校は順調に拡大してはいましたが、フィジー政府からの国立高校の理事長就任依頼は、僕にとっても実は渡りに船の話でした。

直前に起こったリーマンショックの影響で、僕の英語学校も学生数が激減するなどちょっとしたピンチにありました。また、リーマンショック後の再就職を不安に思う心配性の日本人から、英語学校の新規申込みが大量にキャンセルになってしまいました。

そもそも、オシャベリばかりが暮らすフィジーでは、コミュニケーションの機会も多く、すぐに英語が上達してしまいます。日本からの留学生たちも、6ヵ月くらいで卒業して行く生徒が多いのです。

もし、ギリシャ・ショックやキプロス・ショックなど、次の経済危機が起ころうものなら、また学生が激減し、本格的な経営危機に陥る心配もありました。その時僕は、世界経済の先行きに左右されず、できるだけ長い期間、フィジーに留学してもらえるようなビジネスモデルの必要性を強く感じていたのです。

というわけで、僕はフィジー政府に、ふたつ返事で「YES」と返答したのでした。