「紙と小説に未来はあるのか」塩田武士と武田砂鉄が語りつくした

『歪んだ波紋』特別対談
塩田 武士, 武田 砂鉄 プロフィール

はい、ムカついています

塩田: ニュースソースと直接結びつく時代って、受け手側の意識が「受け手であった」というところから進まないといけないと思うんです。オールドメディアの仲介者としての存在感が急激に薄れている。その価値は「より速く」という速度でした。たとえば「特ダネ」も、逮捕とか最終送検とか、朝刊夕刊の12時間早く書きましたってだけで表彰されていた。

この電子の時代になったら、予定稿さえあれば、30秒後に追いつくから意味がない。新聞社って何だろうってところから、社員や記者が考えるようになればいいな、と。

速さというよりは深さ。『罪の声』で書いた調査報道のようなものに価値を置く。動かなかったら明るみに出なかった情報・ニュースの質。あとそれぞれのノルマを別の価値観に置き換える。経済なら経済の、よりどれだけ深い記事を書けるかが勝負だと思う。読み手も深く情報を読み取るところにつながっていく。速さが基準になると、浅くなり、勝ち負けになってしまう。

武田: 新聞や雑誌を頭からケツまで読んで、これ、全部知っている、となる可能性はゼロです。今日の朝刊に載っていたことを全部知っている人は絶対にゼロです。それってとても豊かな状態ですよね。

これが今日の世界だぞ、と提出されたときに、そこにわからない物事が提示されている。ツイッターをスクロールしていると、「うんうん、そうだよね」「ああ、知ってる、これこれ」と頷きながら、「ふーん、あいつ、こんなこと言ったんだ」みたいな、想定された情報や意見が重なる。とっても心地がいい。でも、情報を知るって、もっと心地悪いというか、異物感があるべきです。新聞を開いて、家庭面や国際面をめくると、全く知らないことがいくらでも出ている。

それが毎日更新されていく。雑誌だったら1週間や1ヵ月で更新されていく。整理されたところに「まだ知らない」がたくさんあるって、とても大切な状態だと思います。

塩田: 知らないことを認識するのは、同じ趣味をもたない他者を理解する意味でも大切だと思う。知ったような気になるのが一番怖い。担当がそれぞれの記事を書く新聞の豊かさはおっしゃるとおり。知らないことを知らせるのが、レガシーメディアの価値です。

武田: 『歪んだ波紋』の後半で、ヤフトピのことを書かれていましたけど、ヤフトピに世相が揺さぶられまくる現在って、慎重に考えるべき問題ですよね。

 

塩田: ヤフーはいま最大のマスになっています。ロイター研究所が発表した「1週間に利用したネットニュースサービス」の調査結果では、ヤフーが51%と過半数を占めている。日本においては完全なマスです。対抗できるニュースメディアはない。一強の怖さが自分の中にあります。僕もヤフーを見てしまうし。

武田: 朝日新聞は高度プロフェッショナル制度反対、産経新聞は導入すべき、これがうちの社論だ、と言い張ったとしても、ヤフトピがどっちを拾い上げるかによって、世の中が変わる。ヤフトピが「高プロ反対」という記事を10時間トップにあげていたら、多くの人が「なんか危ないらしいな」と思うし、「それでもこれは必要」と出ていたら、怒ってる人もいるけど、まぁ必要なんだろうな、なんて思う。数百万、数千万という規模でこっちだと伝える。なかなか危険ですよね。

塩田: それは本当に感じます。出版社が紙の雑誌を残すためには、そこからリンクを引っ張ってこなければ、という現実がありますよね。大衆受けしそうなニュースをまずポンと見せる、と聞いて、危ないことになっているなと。ヤフーというのは特別な存在ですね。

武田: ニュースを読む側が、複雑性についていけなくなる。森友学園問題がある種「流行った」のは、籠池夫妻のキャラクターにあります。あのキャラクターがあるから、ワイドショーは、前日の段階で「明日もこれでいけるだろ」と思う。加計理事長は、雲隠れして出てこないし、しゃべらない。これではワイドショーでは「物足りない」とされてしまう。

ヤフトピの13文字、ワイドショーのトップニュース、新聞の行数。すべてのメディアが、とにかく要約して伝える。味付けを濃くする。ある連載で茶化しながら考察したんですが、今、『1分で話せ』っていうタイトルのビジネス書が売れているんです。「1分でまとまらない話は、結局何時間かけても伝わらない」と書いてある。こういう長い対談なんて、もっともダメな例(笑)。

塩田: 断定口調。歯切れがよくて、やたら攻撃的。それが支持される風潮を変えたい。それってペテンである可能性が高い。そんなにすぐにスパッと説明できるかといったら、説明できないはずです。一回テレビの生のワイドショーに出たとき、二時間手にずっと汗をかいてました。

武田: 見てましたよ!

塩田: その時、村上春樹さんについて、ノーベル賞の結果をちょっと話してくださいって話でした。前日にホテルに着いたら、「カズオ・イシグロが受賞したので、カズオ・イシグロについて主婦でもわかるような解説をお願いします」と2行だけメールが入っていた。

武田: 世の「主婦」を舐めていますね。

塩田: バッと血の気が引いて、何時間後には生の全国放送で、カズオ・イシグロについて、「主婦でもわかるように」言わないといけない。取材していないことをどう言うか。たまたま作品を読んでいて、彼のインタビューも読んでいたので、そこからユーチューブで英語インタビューを探して、和訳したんですけど。放送でその内容を話していて、きつかった。それを毎日毎日やるのは、精神的にタフじゃないと。

武田: 感覚をマヒさせないとできないですよね。

塩田: 30秒でシロクロというのは、僕にはちょっとできなかった。

武田: カズオ・イシグロが、村上春樹が、塩田さんがなぜ小説を書くのか。30秒で言えないことがあるから書いているわけですよね。

塩田: 「主婦でもわかる」というワード自体もアウトだと思いますけど。おもしろさとわかりやすさが、最高に価値のある世界なんだと思ったときに、小説の創作過程とはまるで異なると思いました。その中で楽しませるという技術にはもちろん価値がある。でも、それは僕にはできないことでした。

武田: 小説にもわかりやすさが求められていますよね。小説で、星1つのレビューをアマゾンに書いている人のコメントを読むと、頻繁に「よくわかりませんでした」なんて感想が出てくる。よくわかりませんでした、って、星つけちゃいけないと思うんですよ。塩田さんの小説だって、そう思われる可能性はある。小説を書くうえで、わかりやすさとどう対峙されていますか。

塩田: エンターテインメントという側面から逃げてはいけないと思っています。気をつけているのは、テーマをずっと考えて、そこから展開とかキャラクターが出てくるまで待つ、辛抱する。そうすると、自然な流れで意表を突くことができる。ストーリーとかキャラクターから入ると、大変きびしいものに仕上がる。無理やりな感じが出たり。ここまでデフォルメしたらおもしろいでしょ、ということが出てくる。

コラムと小説の違いを考えると、「虚」と「実」ということが根本的に違う。まずそこで枝分かれしていて、語り部の視点が、コラムでは筆者である私、小説は登場人物ですよね。もっと分かれていくと、あいまいとしたものをしっかりと表すのがコラムなら、小説はいかに秘めるか、隠すかが勝負。それを最終的に浮上させてもいいし、隠したまま終わることで伝えてもいい。そこの違い、最初の虚実から枝分かれするものを意識しています。

最近書く前に、なぜこの小説を書くのかをちょっとコラム風に書くんです。小説を書いた後、もう一回この小説のことを書く。ふたつを見比べると、書いているときの「気づき」があって、それが鮮明な小説はおもしろい。その「見比べる」というところを考えると、「虚」と「実」は枝分かれはするんだけど、自分の中ではつながっている、というイメージがあります。わかりやすさ、は意識はします。でも、それはテーマをきっちり考えて、整理したことによるわかりやすさ。

武田: 『歪んだ波紋』を読むと、現在の政治やメディアに対して、相当な苛立ちを持っているんだろうと節々で気づく。ある登場人物に、「選挙になんて2万パーセント出ません」と言わせる、あっ、これは橋下徹だなとか、色々な仕掛けがある。

塩田さんに聞きたいんですが、自分の本を読んでくれて、「武田さん、今の政治にムカついていますね」と言われたら、「はい、ムカついてますね」と答えます。一方、小説家でこういうことを書いた、その上で「塩田さん、安倍政権にムカついているんでしょう」と聞けば「ムカついていますよ」とおっしゃるだろうけれど、でも、「いやいや、これは小説の話ですから」と閉じることもできますね。

聞く側が一回アプローチして「どっちすか?」と聞かないと意見が届かない。つまり、小説であるがゆえに距離が生まれる。この距離、ワンクッションおくことって、自分が書いたとしたら、間違いなくストレスになると思うんですが、新聞記者から作家になられて、そこにストレスはありませんか。

塩田: 僕は読み手が想像するというところに最終的な目的があります。『罪の声』のどこをみんな評価してくれたのかな、と感想を読んでいくと、多くの人が虚実の境目がわからないことに、すごくワクワクしたそうです。虚実の壁を、小説によって道につくり直して、読者が読んでいる間どっちなんだと考えることが、僕が設定したテーマを考えることになる。

いまフェイクニュースとか怪しい情報にすぐ飛びついてクリックしてしまうのは、考えないというのが原因の一つだと思う。ハンナ・アレントが言っていた「考えることの大切さ」があらためて問われている。小説のなかで、ストーリーのおもしろさで引っ張っていき、どっちだどっちだとそのテーマを考える。

読後、どう考えて何を調べるか。社会派小説って実は、読んだ後が勝負なんじゃないかと思って書いています。直截的な物言いよりは、すこしぼやかした方が、想像の余地が確保できる気がします。

武田: それこそ松本清張が書いてきたことですよね。さきほど、エンターテインメントであることを大事にしたいとおっしゃっていたけれど、強い思いを感じます。

塩田: 途中で放棄されたら、自分がやりたいことができなくなってしまう。松本清張の作品は、社会的なものを背景にしているけど、やっぱり疑心暗鬼や悪意など、人間を書いている。社会性と人間性をきっちり書くことが、人を惹きつける。清張という人に学んで、跡をついていっている感覚はあります。