ローマ帝国の栄枯盛衰に「日本の退化」を止めるヒントがある。

第23回ゲスト:黒鉄ヒロシさん(後編)
島地 勝彦 プロフィール

ローマはなぜカルタゴを滅ぼしたのか

島地: 領土を広げる過程で、征服して蹂躙するのではなく、移民をすべて受け入れて、過去に罪を犯していようが、有能と思った者は元老院にも入れていました。いいとこ取りという意味では、キリスト教の成立をそのままなぞっているともいえますね。

黒鉄: 統治体制として、あの仕組みはベストだったといえると思います。ただ、ポエニ戦争を経てカルタゴを屈服させてから性格が変わっていきます。

島地: いいとこ取りをしていたローマ帝国が、カルタゴには徹底的に厳しくあたりましたね。「カルタゴ、滅ぶべし」という有名な言葉かあるように。

最終的に生き残ったカルタゴ市民は約5万人といわれていますが、ローマ帝国はそのすべてを奴隷にしました。城塞は更地になるまで徹底的に破壊され、人が住めないどころか、作物が一切実らないように大量の塩を撒いたともいわれています。なぜローマ帝国は、あそこまでカルタゴを憎んでいたんでしょうか。

日野: その前に、ローマとカルタゴなのに、なぜ「ポエニ戦争」なんですか?

島地: お前はほんとに何も知らないんだな。

黒鉄: カルタゴはフェニキア人の国ですが、ラテン語では「ポエニ=フェニキア人」。

日野: だからポエニ戦争ですか。ハンニバル将軍は知ってますよ。映画にもなったし、象でアルプス越えをするやつですよね。

黒鉄: 極めて大雑把にいえば、はい。ローマとしては、第一次ポエニ戦争で痛い目にあって、第二次ポエニ戦争でも、勝ったとはいえハンニバルにてこずらされたので、カルタゴは許せない、「滅ぶべし」となったのかもしれません。

ローマを弱体化させた「劣等感」

島地: あれだけの領土を収めたローマが、カルタゴを徹底的に叩き潰してからちょっと様子がおかしくなりますが、ギリシャの影響が強いんじゃないかと思います。

黒鉄: それはあるでしょうね。内戦で疲弊したギリシャを復興するため、ローマは都市建設を行い、ローマ市民や周辺住民の移住を促します。ギリシャ文化を愛するローマ皇帝も登場して、都市整備を援助し、建造物や神殿の整備、修理も行いました。多くのローマ人がギリシャを訪れているし、ギリシャの都市は観光文化都市だったともいえます。

島地: そう、その文化が問題。ローマにはギリシャの歴史や文化に対するコンプレックスが強くあって、そうしたものを嬉々として受け入れたのでしょう。その結果どうなったか。詩人ホラティウスは「征服されたギリシャ人は猛きローマを征服した」という言葉を残しているほどです。要するに、内側からから骨抜きにされた。

黒鉄: なるほど。それもおもしろい見方ですね。武力ではなく、文化によって国を変え、弱体化させる例は他にもありますよ。欧州諸国は、アジア諸国を感化させるためにキリスト教、サッカー、アヘンを使ったともいえます。

日野: 戦後、日本へ大量のアメリカの文化、風習が流れ込んだのも、その一環といえるのでしょうか。

島地: ふむ。日野もたまにはいいとこに目を付けるな。実際、黒鉄さんもそうだと思いますけど、我々が子供の頃はアメリカが光り輝いて見えたものです。音楽も映画も雑誌も、アメリカからもたらされるものに飛びついたし、憧れましたよね。

あれも一種の洗脳といえるかもしれません。大きな冷蔵庫を開けると、ばかデカい牛乳瓶が入っていて、それが豊かさの象徴。瓶のコーラをがぶ飲みするのが、最上級にかっこよく思えました。

そういえば、以前、浅草の老舗パイプ店「柘製作所」の社長に聞いた話ですが、日本でパイプが流行ったのは戦後のことで、厚木飛行場に降り立ったマッカーサーの影響が絶大だったとか。