60・70過ぎたら「やらない方がいい」手術もある

「手術をしない」ことも立派な治療法
週刊現代 プロフィール

家族のサポートはあるか

さらに認知機能の衰えも手術の可否に大きく関与している。現在、認知症の患者数は、軽度の認知障害を合わせると約462万人('12年)いると推計されている、65歳以上の約4人に1人が認知症あるいはその予備軍ということになる。

「たとえば大腸(直腸)がんで肛門近くまで切除すれば『人工肛門』が必要となりますが、認知症の場合、一人でこれを管理するのは相当困難です。

また高齢者になると、嚥下機能(飲み込む力)も衰えていきます。80歳を超えて、自分の歯がほとんどない入れ歯の人や、食事の際によくむせる人が、胃がんや食道がんの手術をすると、術後に誤嚥性肺炎を起こして亡くなることもままあります」(前出・田村氏)

がん以外の手術についてはどうか。

近年、脳ドックの普及などによって、未破裂の「脳動脈瘤」が発見される機会が急増している。

脳動脈瘤は、破裂するとくも膜下出血を起こすリスクがあり、医師から手術をすすめられることもあるが、年間の破裂率は0.6%ほど。そのため70歳以上で動脈瘤が5mm以下の場合は、無理に手術する必要はない。

脳外科医の工藤千秋氏が言う。

「私の場合、失礼かもしれませんが、患者さんの顔を見て、年齢より老化が進んでいるという第一印象を持った場合、オペをしないことがあります。

それは、顔面の老化の進行は、脳の血管の老化と深く関係しているからです。顔の見た目が実年齢より年老いて見える人は、動脈硬化も進んでいます」

次に60歳以上の患者が圧倒的に多い心臓の病気はどうか。一般的に、心臓手術では75歳以上が「ハイリスク」とクラス分けされている。

上尾中央総合病院の心臓血管センター特任副院長の一色高明氏が語る。

「日本は90歳でもペースメーカーの手術をしますが、海外では手術の対象になりません。日本の医者は治る可能性があるのなら、高齢であってもなんとか治療しようとするのです。

高齢者であっても、心臓の手術は、正直、やってみないと正解がわかりません。手術をしたことで寿命を延ばした人もいるし、合併症を起こして寝たきりになった患者さんもいます。

これが心臓手術の悩ましいところですが、確実に言えるのは、80歳を超えて全身状態がよくないのに、無理やり手術で心臓を治そうとするのはやめたほうがいいですね」

がんや脳、心臓のように直接命にかかわることはないが、日常生活に支障をきたす関節痛は、高齢者にとって大きな問題だ。変形膝関節症に対する人工関節置換手術は年間10万件近い数が行われているが、何歳までなら手術してもいいのか。

順天堂東京江東高齢者医療センター名誉教授の黒澤尚氏が解説する。

「変形性膝関節症は初期、中期、末期と分けられますが、初期であれば95%は運動療法で解決します。中期で75%、末期であっても30%程度は運動療法で解決します。

それでも効果がない人は、次の段階として、抗炎症鎮痛剤を使います。膝に人工関節を入れる手術は最終手段です。

私は96歳の方を手術したこともありますが、この方は頭もはっきりしていて、大きな持病もなかった。でもこういった人は稀ですね。普通は75歳を超えると、気力も体力も自然と衰えてくるものなので、この辺がボーダーラインになってくると思います。

とくに気力は重要で、術後が順調でも、辛いリハビリを諦めると元も子もありません」

最新の人工関節の耐久年数は20~30年と言われているが、人工関節と接触する軟骨が時間の経過とともに擦り減り、緩くなると、痛みが再発することもある。

整形外科医の寺尾友宏氏は、手術のリスクをこう指摘する。

「術後、細菌が人工関節の部分で増殖して炎症を起こすこともあります。菌がどこから入るかというと、意外にも虫歯や胃潰瘍なんです。

菌が発生すると、再手術をして人工関節を抜いて、洗い流して滅菌しなければなりません。70歳以上の人にとってこれはかなりの負担になりますよ」

60歳、70歳になって手術をする上で忘れてはならないのが、家族や周りのサポートだ。

「高齢者の場合、術後に介護や日常生活の補助が必要になることが多々あります。術後、家族の支えがあるかどうかは、手術するかしないかの大きな判断材料となります。

とくに高齢で『独居』の方は、いくら体力があっても、サポートが十分でない場合は、より負担の少ない手術など、術式を慎重に考えたほうがいいでしょう」(前出・田村氏)

昨今は、核家族化が進み、手術後の面倒を子供が見るのは現実的に難しくなっている。となれば配偶者が頼りになるが、同じく高齢化しているため、十分な世話ができるかは怪しい。

高齢者にとっては「手術そのものがリスク」であることを忘れてはならない。それを次の章でも見ていこう。