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60・70過ぎたら「やらない方がいい」手術もある

「手術をしない」ことも立派な治療法

何歳までなら手術したほうがいいのか、何歳以上はやめたほうがいいのか――。高齢者の手術はそれ自体がリスク。人生の晩年で寝たきりにならないために、手術のボーダーラインを知っておきたい。

58%が「無治療」を選ぶがん

田中真由子さん(52歳・仮名)の父に「がん」が見つかったのは、78歳のときだった。大腸がん(直腸)で、進行度はステージⅡ~Ⅲ。医者からは手術を勧められたという。

真由子さんが語る。

「無事手術も終わり、母とも『よかったね』と手を握り合いました。ところが2~3日後に父の容体が急変し、再手術となったのです。最初の手術の傷口がうまく閉じず、便が漏れてしまい細菌に感染したようで高熱が続いていました。

病室の父は動くことも話すこともできず、目も閉じたままでした。体重も落ちて頬もこけ、再手術から2週間後に呆気なく亡くなりました」

80歳近い年齢で、本当に手術をしてよかったのか、手術をしなければもう少し生きることができたのではないか――。父の死後、母は自問自答を繰り返していたという。

「父を失ったショックから、母はどんどん元気がなくなっていきました。そして、後を追うように1年後に逝ってしまいました……」(真由子さん)

近年、医療技術や機器の進歩により、高齢者でも手術を受けられるケースが増えている。しかし、年を重ねるほど手術による体へのダメージも大きくなるため、手術を受けるべきかどうか悩む患者は少なくない。

「高齢者のがんを考える会」の代表で福岡大学病院の田村和夫氏が言う。

「いまや日本人の2人に1人ががんになる時代ですが、現在のところ高齢者のがん治療、とくに手術についてのガイドライン(規定)はありません。医師の判断と個々の患者さんの状態によって変わってきます。

70歳を超えると患者さんの状態の個人差が非常に大きくなります。手術に耐えうる体力がある人もいれば、そうではない人もいる。

加えて、持病の有無や術後合併症、精神状態、家族のサポートなど、高齢者の手術はさまざまなことを考慮しなければなりません」

もちろん、個人差はあるが、一般的に人間は年を重ねるごとに体力も内臓機能も衰えていくもの。治療方法を判断する際、年齢が重要なファクター(判断基準)になることは間違いない。

「その患者さんが、手術に耐えられるかは外科医と麻酔科医が判定します。これは心肺機能の評価が中心です。

治療法や術後の生活については『キャンサーボード』といって、外科、内科、放射線科が集まり治療方針を決めます。ただ、このキャンサーボードがうまく機能していない病院があるのも事実」(東京大学医学部附属病院・放射線科の関谷徳泰氏)

若い人にとっては手術が最良の選択であったとしても、高齢者の場合はそう単純にはいかないのだ。

「手術をしない」ことも立派な治療法である。事実、国立がん研究センターが'15年に行った調査では、高齢になるほど、がんの積極的な治療を差し控えていたことが明らかになっている(ページ末の表参照)。

たとえば日本で一番死亡者が多い肺がんの場合、Ⅳ期になると85歳以上の患者の58%が、手術も抗がん剤もしない「無治療」を選んでいる。Ⅰ期であっても25.4%が治療をしていない。

このようにがんの部位やステージ(進行度)によっても手術するか否かは大きく異なってくる。

「全がん協」の最新調査によれば、肺がん手術を受けた人(全年齢)の5年生存率はⅠ期で87%、Ⅱ期で57%、Ⅲ期で51%、Ⅳ期は10%にまで下がる。

高齢者になれば、早期の部分切除ならまだしも、片肺全摘出のような大掛かりな手術はリスクが大きく、75歳以降は「受けてはいけない」と言える。

「早期の肺がんに関しては、放射線治療が著しく進歩しています。高齢で体力がないため、細胞検査すら耐えられない方もいますが、画像上、肺がんが疑われる場合、放射線治療を行うこともあります。放射線の体への負担はそれくらい軽くなっていて、治療成績も良好です」(前出・関谷氏)