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「俺でも書けるかも」から始まった、元スポーツ新聞記者の文筆人生

中村計さんの「人生最高の10冊」

書くことを身近に感じた

今回は、現在の私自身の方向を決定づけた、ノンフィクション作品を中心に選びました。

まずは『深夜特急』。言わずと知れた、個人旅行記のバイブルですね。インドのデリーからイギリスのロンドンまで、沢木耕太郎さんが様々な国をめぐる過程が書かれています。大学生の頃に読んで、興奮させられたことはもちろんですが、良い意味で「俺でも書けるかも」と思ったんです。

 

作中には、手紙形式で旅の感情を伝える描写があります。その部分に顕著ですが、全編を通して、沢木さんの愛する女性への手紙のようだなと思いました。たとえ拙くてもラブレターだったら、誰でも書くことができますよね。

それまでは、文章を書くことは特殊な技能だと思っていて、文筆を仕事にすることを将来的に考えたこともなかったんですけど、本作を読むことで、書くことをより身近に思い始めるようになりました。

旅をする木』では、星野道夫さんの自然観に心が惹かれました。星野さんは学生時代、電車での通学中に、ふと北海道でヒグマが木をなぎ倒しながら歩いている姿を想像したそうです。

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自分が街の喧騒にいるまさにこの瞬間、遠くではまったく別の自然界が広がっている、そんなことを意識するだけで世界は見違えるように、不思議に思えてくるんですね。読んでいてハッとさせられました。

同時に、星野さんの表現力にも魅せられました。本当に日常的な、素朴な言葉しか使われていないんですが、それでも心にしっかりと響く。みんなが使っている言葉だけでも、十分、人に伝わる文章が書けることを学びました。

3位の『日本の川を旅する』は、カヌーで川をめぐる旅が描かれています。出版は'80年代で、この時代、「自然に優しく」といった動きが大ブームになったんです。釣りをしてもキャッチ&リリースを是とするような風潮がありました。

一方、日本を代表するカヌーイストの野田知佑さんは、そんなものは自然にいいことでも何でもない、もっと根本から自然を考えるべきだとずっと主張していたんです。

本作を読むと、より自然が立体感をともなって感じられて、様々な川の特色を知るのみに留まらず、環境との関わり方や、旅を通して人生を思索する様子も伝わってきます。

また、この本の影響で私もアウトドアが好きになり、野田さんとカヌーでの川下りをしたこともあります。

文才のある羆ハンター

たった一度のポールポジション』は若くして亡くなったレーサー・高橋徹の生涯を綴った作品です。

本作では、元恋人のラブレターが出てくるんですけど、その内容が衝撃的です。ここまで書いていいのか、ここまで人のプライバシーに踏み込まなきゃいけないのか、と思ったんですよ。

でも逆に言えば、それが作品の面白さの大きな要にもなっていたんです。ノンフィクションを書くからには、対象にそこまで迫らなければいけないんだと教えられました。

小倉昌男 祈りと経営』は、「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親である、小倉昌男さんの評伝ですね。小倉さんの人間性の細部に迫るだけでなく、本としての構成もすごくうまい。テイストとしてはノンフィクションというより、ミステリーに近いものがありました。

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ミステリーって様々な謎を用意して、それが面白さの源泉になるじゃないですか。本作では娘との関係を中心とした、小倉さんの家庭内の謎が明かされていくさまが白眉です。

謎となっている部分を最初に提示して、次第に明かしていく構成が見事だったし、最後に明らかになった真相も衝撃的でした。金字塔のような作品に思えましたね。

6位の『羆撃ち』の作者の久保俊治さんは、いわゆる作家ではなく、羆ハンターです。ですから、文体はけっこう素朴なんですが、羆撃ちの真に迫った表現がたくさんあったんですよね。

ノンフィクションの世界では、偶然に偶然が重なるというか、神が舞い降りたとしか思えない本が生まれることがあります。本作は羆撃ちをやっている人がたまたま、文章の才能も持ち合わせていたからこそ生まれた、奇跡の書のように感じました。

今回改めて感じたのは、「好き」が原動力になっている、言い換えれば取材対象にとことんまで没入した作品が、本として強い魅力を持つということです。

私自身も、これまで取材をさせていただいた方への想いの告白のような形で執筆を続けてきましたし、今後もまた、そうした姿勢を大切にしたいと思っています。(取材・文/若林良)

▼最近読んだ一冊

「スポーツ新聞を題材にした小説です。記者の仕事の面白い点や過酷な点、いろんなものが偽りのない形で凝縮されていて、感心させられると同時に“ああ、だから自分は辞めたんだな”と納得させられました(笑)」