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ドイツ・ザクセン州を「極右の牙城」と報じる独メディアへの違和感

その理由を探ろうともせず…

「極右の牙城」?

ドイツ東部のケムニッツという町は、東ドイツ時代、カール・マルクス市といった。町の真ん中には、今でもカール・マルクスの巨大な顔のオブジェが鎮座している。高さ13m、スフィンクスのような迫力。今は亡き東ドイツの歴史の証人だ。

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ケムニッツはドイツ東部のザクセン州にあり、そのお隣はチェコ。ドイツの産業革命以来、第2次世界大戦まで、重要な工業都市で、1930年代には人口が36万人を超えた。1945年の2月と3月の大空襲で、町の8割が瓦礫と化したが、その後、再び主要工業都市として復活。東ドイツの産業を支えた。

1990年、東西ドイツが統一された途端、人々が真っ先にしたのは、この町の名前を元に戻すことだった。その後は、西からの莫大な支援を手に、着実に発展。今、ライプツィヒ、ドレスデン、ケムニッツと、ザクセン州の諸都市の景気は好調だ。

 

そのザクセン州が数年来、極右の牙城という汚名を着ている。ここでは確かに、新興右派であるAfD(ドイツのための選択肢)が俄然、強い。

AfDは現在、国会の709議席のうち、94議席を占めており、それと同時に、ザクセンの州民も、極右の土壌を耕すいかがわしい人々として、色眼鏡で見られるようになってしまった。

すでに、メディアや他の政治家によるAfD攻撃は激しく、戦後一貫ドイツでは、誰かを非難するとき「ナチ」と罵ることはタブーだったが、いつの間にか、AfDには皆が「ナチ」という言葉を投げつけても誰も何も言わなくなった。

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ザクセンの住民は、今、真っ二つに分かれている。AfDの支持者は、既存の政治家やメディアの言葉を信用しておらず、一番真実に近いことを言っているのはAfDだと思っている。

一方、反AfDの人々にしてみれば、極右の仲間に入れられるのは甚だ迷惑。自分たちはナチではなく、真っ当な民主主義者であり、もちろん「難民の味方」であると主張し、メディアとともにAfDを攻撃している。

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