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夫婦「ふたりぐらし」の日常に生ずる、男と女のズレと幸せ

著者の桜木紫乃さんにインタビュー

水彩画のように重なり合って

―著書の『ふたりぐらし』は40歳で元映写技師の信好と、35歳で看護師の紗弓。北海道の片隅で静かに暮らす夫婦を主人公にした連作短編集です。夫婦生活の経験がある人なら、誰もがどこかで共感できる滋味深い10編に仕上がっています。

夫婦には、沈黙も含めてあえて口にしないこと、小さな嘘や隠し事があるものです。その嘘や隠し事はかならずしも自分のためではなく、関係を維持するためのものだったりする。時にはお互いに疑ったり、嫉妬を感じたりもしますよね。

お互いをどう思っているのか、何を感じているのか、そういう部分を感じてもらえるように、信好と紗弓の視点を交互に入れ替える構成にしました。

―短編集だからこそできた工夫ですね。

実は、400字詰めの原稿用紙30枚で完結する短編を書くというのは、デビュー当時からの目標だったんです。

でも、当時の担当だった編集の方には、「その長さの短編を書ける作家が、いまの日本にどのくらいいると思いますか」とたしなめられました。限られた紙幅のなかで人の心を動かす物語を作り上げることが、いかに難しいのか、と。

 

それ以来、ずっと挑戦したいと思い続けてきて、今回ついにチャンスをいただけました。しかし、いざ取りかかってみると、何を書いて何を書かないのかの取捨選択が本当に悩ましかった。一編一編、書いては削っての繰り返しでした。

―1編目の「こおろぎ」では、夫に先立たれ独りで暮らしていた信好の母親が亡くなります。一方、紗弓は紗弓で過干渉な母親と確執があり、2編目の「家族旅行」ではそれがあらわになる。

こうした親たちを始め、二人の周りには毎回濃いキャラクターが現れ、読んでいて飽きません。

主人公の二人は、絵の具で例えれば、「薄い水色」。波風を立てることなく静かに暮らしています。そんな彼らが、印象的な出来事や強烈なキャラクターを持つ人々との出会いによって何を感じ、何を考え、どう関係を成長させていくのかを時間経過とともに描きたかったのです。

水彩画のように幾度となく色を塗り重ねられていくうちに関係がだんだん深まっていくというのが、夫婦なのかなと思っています。

夫婦はいつから夫婦になるのか

―信好は映画関係の仕事で身を立てようとするがなかなか上手くはいかず、紗弓が家計を支えている状態です。そして、その状況に対して紗弓の母親がチクチクと放つ小言や嫌味がとても生々しい。こうした人物描写や、セリフのリアルさも本書の読みどころです。

紗弓の母は、娘に対して「それって、ヒモって言うんじゃないの」なんて、ためらいなく言えてしまう性格の人(笑)。ここまで露骨ではないにしろ、母親ってどうしても小うるさいところがあって、ついつい「口に出さなくてもいいこと」を言葉にしてしまうところがありますよね。

でも、そんな紗弓の母には「それは言いすぎでしょう」とたしなめる夫がしっかり寄り添っている。信好と紗弓の関係とはまた違った夫婦の関係がここにもあるのです。