大阪をザワつかせる「樋田容疑者逃走事件」はなぜ起きたか

原因と対策を犯罪心理学者が考察する
原田 隆之 プロフィール

科学的エビデンスを基にした提言

警察の人手を増やすことが現実的に不可能に近いとすれば、犯罪心理学の知見を活用して、もっとメリハリのある犯罪者処遇ができないものだろうか。

つまり、生涯継続型犯罪者や多種方向犯、粗暴犯に対しては、十分な人手を割き、密接な監視や対応が必要であることは言うまでもない。犯罪心理学では、これを「リスク原則」と呼んでいる。リスクが大きな者ほど、より濃密な処遇が必要だということである。

さらに、リスク原則によると、治療や教育などの「ソフト」な処遇も、彼らには有益である。手を掛ければ掛けるほど、その効果は現れやすい。

一方、リスクが低い犯罪者には、手を抜いていいわけではないが、たとえば薬物事犯者などは、警察や刑務所ではなく、刑事司法の枠外での処遇を考える時期に来ているのではないだろうか。

 

ヨーロッパを中心に、薬物の自己使用以外の犯罪には加担していない者に対しては、「非犯罪化」の動きが加速している。

これは「薬物の合法化」ではなく、法律上はあくまで違法であるが、犯罪として罰するよりもまず、社会内での治療を優先させるというものである。

わが国も加盟している国連の麻薬単一条約では、「締約国は、薬品の濫用者が……犯罪を犯した場合には、有罪判決若しくは処罰に代わるものとして又は有罪判決若しくは処罰のほかに……治療、教育、後保護、更生及び社会復帰の措置を受けるものとすることができる」と規定されている。

欧州共同体では、それを一歩進めて「加盟国は、薬物使用の罪を犯した者に対し、それが適切な場合はそれぞれの国の法的枠組みに照らし合わせて、強制的処罰に代わる代替措置(教育、治療、リハビリテーション、アフターケア、社会再統合)を提供すべきである」としている。

このような動きは、犯罪心理学などの科学的な研究知見に即したものである。薬物事犯を抑制するには、刑罰よりも治療のほうに効果があり、しかも刑務所などの施設に拘禁しての治療よりも、社会内で日常生活を送りながらの治療のほうが、効果が大きいという確固たるデータがあるからだ。

さらに、経済的コストという観点からも、刑務所よりも外での治療のほうがはるかに安上がりである。実際、先進国のなかで、違法薬物使用だけで刑務所に入るのは、日本くらいのものである。

粗暴犯罪や重大犯罪と薬物犯罪に対して、「リスク原則」に従ってメリハリの利いた対処をすることは、警察、裁判所、刑務所など、刑事司法に携わる人々の負担を軽減し、われわれの税負担というコストを下げるだけでなく、再犯を減らす上でもはるかに効果が大きい。そして、その分をリスクの大きい犯罪者への処遇に振り分けることができる。

労働集約型で、まじめに地道に働くのは日本人の美徳であるかもしれない。しかし、そればかりに頼っていては、今回のようなほころびが出てしまう。今回の事件は、ほころびと言うにはあまりにも大きな失態である。

このような事件を繰り返さないためにも、犯罪心理学の知見をもっと有効に活用し、より科学的で効果的な治安対策を望みたい。