あなたの「感情」が読み取られ、制御される日

心理学が「クルマの運転」をこう変える!
深川 峻太郎, ブルーバックス編集部 プロフィール

「自動車」は理想的な「実験室」だった!

木村さんの手がける分野は「感情工学」もしくは「感性工学」などと呼ばれる。そこで積み重ねてきた基礎研究をもとに、ドライバーがどのようなときに「快」「不快」を感じるかを調べていき、具体的に「自動車」という製品の応用研究につなげようというわけだ。

しかし自動車での実験は、じつは基礎研究にも役立つらしい。

「心理学では、狭い実験室に閉じ込めた被験者に、喜怒哀楽の感情を喚起する映像を見せるなどの刺激を与えて、その反応を見ることが多いんです。でも実験室は非日常的な場所なので、被験者の反応が日常生活と同じになるとはかぎらない。

でも自動車の中は、行動が限定されていて、決まった動作がほとんどという点では実験室に近い一方で、非日常でもありません。いわば、半分実験室、半分日常。実験的に統制された環境で、ドライバーの日常的な心理状態のデータが取れるんです。

正直、ここに異動するまでは自動車にさほど興味はなかったんですが(笑)、基礎研究にも使えるよいデータが取れるので、やり始めたらすごく面白くなりました」

「実験室」としての自動車を、探検隊も見せていただいた。研究所の廊下を進んで、何の変哲もないある部屋のドアを開けると、その真ん中にドーンと乗用車が鎮座していた。なかなかの「非日常感」だ。被験者はここでドライビング・シミュレーターを見ながら車を「運転」し、さまざまな状況で「感情」がどのように変化するか、データを取られていくわけである。

【写真】自動車はさまざまなデータを提供してくれる貴重な「実験室」
   木村さんにとって自動車はさまざまなデータを提供してくれる貴重な「実験室」だ

ただし、より日常に近いデータを取るためには、やはり公道に出ての実走実験も欠かせないらしい。

「たとえば産総研のあるつくばから常磐道を通って、都内まで往復するなどの実験をやっています。

でも、車内にたくさん機材を積んでいるし、ドライバーは脳波を計測する電極のついた白いキャップを被っているし、事情を知らない人にはかなり怪しく見えるでしょうね。お巡りさんに『大丈夫ですか?』と車を止められたこともありました(笑)。何か重症の患者が運転していると思われたかもしれません。

実験中はキャップを脱げないので、パーキングでトイレに行くときも周囲の人にギョッとされます」

【写真】公道での実走実験で運転する被験者
  公道での実走実験で、頭に白いキャップをつけて運転する被験者。かなりアヤシい

「居眠り運転」の防止から「怒り」の抑制まで

こうした実験で木村さんがいま、とくに力を入れているのは、目の動きや心拍数の計測だ。目の動きは、ビデオカメラで撮影する。心拍数は、ステアリングに仕込んだ心電計で手指の脈拍を測るほか、非接触で計測できる機械の開発も進んでいるという。

「脳波の計測器は、実験では使えますが、市販の自動車に搭載することはできませんよね。でも、ビデオカメラや非接触の心電計ならば、それが可能です。たとえば、ドライバーの緊張感や注意力などをモニターしていて危険が予測されると、車内で警告を自動アナウンスするなどの新しい事故防止機能を考えることができるかもしれません。これならメーカーによる実用化も十分に可能です」

「見える化した感情」のデータを自動車づくりに役立てるとなると、まず思い浮かぶのはやはり「安全性」の向上だ。居眠り運転の防止のほかにも、近頃はいわゆる「煽り運転」の問題が浮上しているが、渋滞中のイライラやマナーの悪い車に対する怒りを抑制することも大きな課題だろう。

【写真】居眠りしそうになると警告してくれるシステムも開発中
  居眠りしそうになると警告してくれるシステムも開発中だ photo by iStock
【写真】運転中のイライラの抑制システムも出来る?
  運転中のイライラを抑制してくれるシステムもできるかもしれない photo by iStock

「これからは自動運転がますます普及していきます。自動運転車に新しい事故防止機能を実装させることで、何か問題が発生したときには強制的に路肩に止めるなどして、事故やトラブルを未然に防げるかもしれません。

また、いまはドライバーの心理状態に対応して車のほうを制御するしかありませんが、いずれは人間の感情のほうを制御することも考えられるでしょう。たとえば怒っている人に、そのときの自分の表情を写真に撮って見せると、怒りが抑制されるかもしれません。自分で運転している人にそんなものを見せるのは危険かもしれませんが、自動運転ならそれも可能でしょう。そういう工夫はいろいろ考えられると思います」